第2章 スーツアクターと可愛いは正義

プロローグ

 俺は鷹岩たかいわ マコト。

 ゾンビウイルスによって日本が終わる前はヒーロー番組のスーツアクターをしていた男だ。


 子供の頃、──いや、正しくは今もだけど、正義の味方に憧れていた。

 もちろん大人になったせいでそれは夢物語ということは分かっている。

 現実世界に明確な悪は存在しなくて、どっちつかずな事ばかり。


 ただ、正義から外れた行いを見かけたら正せる人にはなりたいと思っている。

 それがありがた迷惑だとしても。


 そして今、【歪曲者パバード】という存在を知った。

 歩き回る徘徊者ウォーカーや飢えに苦しむ捕食者イーターとはまた違ったウイルス感染者ゾンビ

 ショタコン(悪)のみが至るゾンビの上位種。


 平和だったあの世界とは違い、明確な悪の存在の出現である。

 その全てを倒さなければならない。

 幸いなことにそれを実現出来るフィジカルが俺にはあった。


 以前、歪曲者パバードを倒した時に超常現象が起こった気がするが……。

 原因は分からずじまい。

 そもそも人間の身体から熱線ビームが出るなんてありえないのである。


『マコトさん。ドローンの見回りの時はこの辺にイノシシがいたっす。逃さず持ち帰ってくださいっすよー。お肉食べて、精力もりもりっす!』


 無線機が鳴る。

 先ほどまでは頭上にドローンが飛んでいたけど操作範囲ではないのか、充電が必要になったのか拠点に帰ってしまった。


 現在、山の中。

 食料が底を付いてしまった為だ。

 野菜は拠点の屋上で作っているのだが、肉は外に出ないと手に入らない。

 不幸中の幸いと言うべきかゾンビウイルスは人間以外の身体に効果はなく、潜んだりもしない。


 人間たちはほとんど絶滅したように見えるが、自然はたくましく以前よりも美しさを増していた。


「本当にここだったのか? 足跡ひとつないぞ、病み娘」


『いい加減、名前覚えて欲しいんすけど。カケル君の事は名前で呼ぶくせに』


「カケルは特別だろ。守ると決めた少年の名前くらい覚えないとな」


 と言ってもちゃんと呼ぶまでに少し時間がかかった気がするけど。

 俺は人の名前を憶えるのが苦手だ。

 ヒーロー番組知識や用語に脳の容量を使い切ってしまったのかもしれない。


『特別……むふっ。まあ、それなら』


「少し待っていてくれ、君の名前もそのうち」


『いや、一生呼ばなくて良いっす。てか呼んだら絶交します』


「な、なんで!?」


 無線機にノイズが入る。

 拠点からかなり距離があるからだろう。

 それとも興奮した病み娘が下ネタを連呼しており、無線機が気を利かせてくれているのかもしれない。


『ところで新しく作った戦闘服ヒーロースーツの調子はどうっすか?』


「完璧。カッコ良さはそのままで以前より軽いし動きやすい」


『機能:特になし。防御力:ないよりマシ。重さ:改善したけどそれでも重い。良いとこなしのマコトさん専用戦闘服ヒーロースーツっすからねぇ』


「機能など二の次。カッコ良ければよかろうなのだ」


『……正直、素のマコトさんの方が強い気がするんすけどね』


 気分マシマシだから良いのである。

 職業柄と言うのか戦闘服ヒーロースーツを着用していた方が気が引き締まるというか、動きにキレがつく。


 戦闘服ヒーロースーツの素晴らしさを語っていると巨大な影が動いた。

 ──イノシシ。


 今晩のメインにと探していたイノシシが目の前に現れた。

 しかし話に聞いていたよりも遥かに巨大なんだが。


「普通サイズのイノシシって言ってなかったか? 劇場版仮●ライダーキ●の敵ライダーくらい大きいぞ」


『全然伝わらないんすけど』


「キバっていくぜぇ!」


『なんか急にスイッチ入った!?』


 決めポーズからの両手を広げて低姿勢で走り出す。

 相手も鼻息を荒くさせ地面を蹴った。


 逆さ飛び蹴りを食らわせようとジャンプしてみせるが回転中背中を向けている瞬間に突進されてしまった。


「──うぎゃ!?」


『状況まったく見えないけど間抜けな絵面ってことは想像出来るっす!』


 勢いよく飛ばされる。

 しかもその先は急角度の崖。

 平泳ぎで空中を飛ぼうとするが、流石に重力には勝てず真っ逆さまに落ちていく。


 ──普通なら死ぬ。


 しかしここで役立つスーツアクターの経験。

 着地寸前に威力を殺して、受け身。


「痛ってぇえええぇぇぇ!!」


 受け身は成功したものの痛みのあまりジタバタする。


「……一瞬、意識飛んだな」


 数分悶絶して、痛みが治まって立ち上がる。

 持っていた無線機は粉砕されていた。

 当然のことながら使えそうにない。


 ガサガサと、無数の足音が聞こえた。


「げ、なんだこれ!?」


 イノシシの突進によって辿り着いた崖下。


 そこには大勢のゾンビ。

 徘徊者ウォーカー捕食者イーターが群れをなしていた。


 ゾンビウイルス蔓延前に栄えていた山というわけではないだろう。

 ならここには奴らが反応するなにかが存在しているという事。


 ──つまりはゾンビに追われている少年ショタが近くにいる。

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