19.正義の味方の中の人

「でもさー、私だけに集中してて良いのかな? 宿の中には私が操るゾンビ軍団がいる。カケル君を守るんじゃなかったのかなー」


 ──……言われてみれば、だ。

 蜘蛛の歪曲者パバードが襲って来たからとっさに反撃してしまったが結果的に非戦闘員たちを置いてきてしまった。

 走って戻ろうにも歪曲者パバード相手に背中を見せるわけにもいかない。


「マコト!!」


 足りない頭をフル回転させていると頭上から大声。

 2階の窓から飛び降りて落下中の少年と病み娘である。


 窓の方にはふたりに向かって手を伸ばす沢山のゾンビたち。

 身を乗り出した者から落ちていく。

 1体が落ちると雪崩のように流れていった。


「まかせろ!」


 戦闘服ヒーロースーツフル装備であるためいつものジャンプ力はないが、出来るだけ高く飛ぶ。

 まずは病み娘を左腕に抱きかかえる。

 それから少年に右手を──。


 少年の身体に蜘蛛の糸が絡みつく。

 それからグイッと引っ張られて、蜘蛛の歪曲者パバードに捕まった。


 続いて糸が発射。

 俺の右手と温泉宿の屋根に繋げた。


 俺と病み娘は空中でぶら下がる。


「はぁ。今度こそカケル君ゲット! あー、良いニオイ。もちろんうちの温泉に入ったんだから同じシャンプーの匂いはするんだけどそこの奥の方、ショタの匂いっていうか」


「く。……どこ触って! ひゃっ」


「可愛いあえぎ。オンナノコみたい。でも抵抗しちゃ駄目だよー。マコトさん殺しちゃうよ? だから、ね。お姉さんと最後までイケナイことしよ」


「やめっ。──ん。ひぅ!?」


 あんなナイフみたいな手でどうやってまさぐっているのか分からないが少年は蜘蛛の歪曲者パバード手業テクニックに身悶えする。

 頬を赤らめ、吐息を深く。

 蛇のように身体をくねらせる。


「マ、マコト! 見てないで早く方法考えろ!!」


「あ、ごめん! えっちだったもんでつい」


「『えっちだったもんでつい』ってなに!?」


 蜘蛛の歪曲者パバードは少年の身体をまさぐるのに集中していて俺たちには興味は無さそうだ。


「なんていうか、この状況。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』みたいっすね」


「というと?」


「蜘蛛の糸を登っていこうにも私を抱えているせいで両手が塞がってるっす。そんで下には亡者ゾンビの山。でも考えてる時間はないっす。早くしないとショタの初めてが散らされてしまう。それは駄目っす。全人類ショタの初めてはイケメンお兄さんと相場が決まっている」


「決まってないよ」


「だからマコトさんはここで私を見捨てるべきなんす。そんで妹、あの化物を倒してカケル君と末永く幸せに暮らして欲しいっす」


 覚悟は決まっていると真剣な眼差し。

 落とされる気満々で力を抜いている。

 そしてまたモザイク加工された拳を作った。


「バカ言うな。俺を誰だと思ってる。正義の味方のスーツアクター鷹岩たかいわ マコト。君が作ってくれた戦闘服ヒーロースーツを着ているからには。正義の味方を貫くさ」


「え」


 左手で病み娘の身体を落ち上げる。


「それに『蜘蛛の糸』なら君を見捨てた時点で地獄行きだろ?」


 ぽいっと屋根上に投げ込んだ。


「人ひとりをそんな軽々と!?」


「軽すぎだ。もっと栄養を取りなさい」


 それから右腕を力強く引っ張り、蜘蛛の糸を引き離す。

 どしんっとまるで巨大ロボットが地上に降り立った時くらいの地響きが鳴る。


 下にいたゾンビたちが下敷きに。


「だからなんなのさ? その馬鹿げた力は」


 さすがに少年を弄ぶ手を止めた。


を返してもらおうか。蜘蛛の歪曲者パバード。いや、正義の味方になる為の初戦相手」


「ジジイはさっさと死ねっての!!」


 少年、カケルを地面に放ってこちらに全速力で向かってくる。


 ああ、右腕が爆発しそうだ。

 なんだかエネルギーみたいなものが溜まっているような、それを解放するようなイメージで俺は拳を前に振った。


 ──〝一筋の光〟。

 蜘蛛の歪曲者パバードの脳天を貫く。

 どさりと膝をついた。

 顎が地面に着く手前に歪曲者パバードは砂になって消えてしまった。




 そんなことより。




「……俺の右手から熱線ビームが出たんだが」

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