18.姉妹!お前は推しに愛がない

 部屋の扉が数度、叩かれたノック

 その主は考えるまでもなくこの温泉宿の娘さん1号、──正体ショタコンゾンビもとい蜘蛛の歪曲者パバードだ。


 その姉である病み娘は緊張でごくりと息を飲む。

 鍵は開けず扉の前に立ち。


「……どうしたんすか?」


「久しぶりー。お姉ちゃん。元気―?」


「おかげさまで、ぼちぼちっす」


 鍵は十分以上にかけられている。

 なんならこの部屋から出て行こうにも鍵や障害物が多すぎて時間がかなりかかりそうである。

 だというのに、この緊張感。


 ふたりの間には紙切れ1枚しかないような心もとなさ。


「妹が会いに来たって言うのに顔も出してくれないの? 寂しいなー。私はお姉ちゃんの辛気臭い顔また見たいっていうのに」


「こっちはその顔面偏差値だけは高い妹を見飽きてるんすよ。要件は? さっき下の階が騒がしかったように思うんすけど、問題でもあったんすか」


「ちょっとねー。お客さんふたりが逃げちゃって。探してるんだよねー」


「知らないっすね。そのおふたりがなにかしたとかっすか?」


「しらばっくれんな。そこにいるのは匂いで分かるんだよ」


「──……」


 空気が重くなる。

 病み娘の脚が震えだす。


 同じく固まっている少年を背中の後ろに隠した。


「お姉ちゃんが今でも生きてるのは私の慈悲なわけ。わかる? ゾンビ化させても私みたいに歪曲者パバードになれる逸材でもない。ジジイとショタが乳繰り合ってるのが好きなただの変態ヘンタイ。なんの役にも立たない。情がなければとっとと殺してた。そんな家畜みたいなお姉ちゃんが私に嘘をつくの? それって裏切りだよね。姉妹の絆バキバキなんだけど」


 ──逆ギレもいいところである。

 間違いなく正義は病み娘、姉の方にあり。

 感謝はされど彼女を咎めることは誰も出来るはずがない。


「……ようやく分かったんすか。ヒビどころか、とっくに姉妹の絆なんて壊れてんすよ。私の知ってる亜良音あらねはもういない。ああ、そうっすよ。言う通り私は変態ヘンタイっす。だけど、推しに顔向け出来なくなるような恥ずかしい事は絶対にしない変態ヘンタイっす。──そんで私は新しい推しカプを見付けた。だから推しをサポートするのが私の変態道ヘンタイドウ!!」


 相変わらずなにを言っているのか分からないが、震えながらも絞り出した言葉に拳が熱くなった。


「お前はどうなんすか。かつて妹だった怪物。──お前は推しショタに愛がない」


 扉が壊された。

 侵入してきたのは人間態の温泉宿の娘さん1号ではなく、蜘蛛の歪曲者パバード

 姉に殺意を剥き出して拳を振り上げている。


「もういらないや」


 姉の方は死を覚悟したのか目を閉じる。

 最後にこの怪物に最高の嫌味を言ってやったと満足気に微笑みながら──。




「──ぐが!?」


 そして拳は振るわれた。


 胸を殴られた蜘蛛の歪曲者パバードは勢いよく壁を突き破りながら飛んでいく。

 追撃するべく俺は全速力で走り、屋外まで飛ばされた巨体に乗りかかり頭を目掛けて連続殴り。


「ちょちょちょちょちょちょちょ!? なになになになに」


 やはり歪曲者パバードも他のゾンビと同じく脳みそが弱点らしく両腕でガードしている。


「いつまで乙女の上に乗ってんだよ! 警察呼ぶぞ」


 蹴りを入れられ地面に叩きつけられる。

 相手は蜘蛛の糸を腕から出し、無事に着地できたようだ。


「マコトさん。なんで私の邪魔をするのかなー。さっさと死ねよ。死んでくれ。てかなにその鎧。怪人態……でもない。私の脱皮物? きっっっも。乙女が脱いだ服着てハスハスしてんじゃねぇよ」


「あ、言われてみたらそうかもしれない。ごめん!」


 まったく考えていなかったが、そう言うことだよな。

 深く頭を下げる。

 でもこの戦闘服ヒーロースーツは超絶にカッコいいから脱ぐつもりはない。


「正義の味方気取りの痛いジジイ。どんな手を使ってSSRランクショタカケルきゅんを手懐けたか知らないけどあれは私の物。私が見付けて、私が愛でるの。邪魔するお姉ちゃんもマコトさんも全員殺す」


「君にはお姉さんの言葉も響かなかった。会話は不要。この拳で君の野望を打ち破る」


 ──興奮しているのか、右腕が爆発してしまうんじゃないかと思うくらいに熱かった。

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