幕間 そして妹は怪人になった
──私たち姉妹の父は変わった人だった。
平々凡々ではあったものの、あるひとつに限っては異常……いや、変態的執着を見せていた。
それは〝蜘蛛〟である。
代々受け継がれてきた家業の温泉宿も自分の代で蜘蛛に関係する名前に変え。
もしかしたら母と結婚したのだって〝
しまいには娘ふたりの名前も神話に出てくる蜘蛛にあやかっている。
──西アフリカの伝承に登場する雨をもって火災を消し止める蜘蛛の姿をした神『アナンシ』。
──ギリシャ神話で人間の身でありながら
辛い事が無いようにと一文字抜いたのだそうだ。
とにかく父の蜘蛛への執着は凄まじい物だった。
それを受け継いでしまったのか、私たち姉妹も関心のある物への熱は凄まじいものだった。
私は『おにショタ』『ショタおに』(主食は前者)。
ただし引きこもりだったため外出時にカップリングを見付け「むふふ」という経験は少ない。
ほとんどが二次元の推しカプである。
妹は高校の人気者で高嶺の花。
嫌味がなく、愛嬌のある明るい娘。
されどアイツの裏の顔は『
小学校に忍び込み、隙間のある鉄骨階段下に寝ころび「ショタの脚をぺろぺろしたい人生だった」なんてことをのたまい、警備員に追われた過去すらある。
妹は変態でどうしようもない犯罪者予備軍だったけれど、姉妹仲は良好だったと思う。
お互いの推しショタを語らい何度も夜を明かした。
「そういえば今日放送してた『
「ヒーロー番組とかお姉ちゃんオタクー」
「見逃し配信一緒に観るっすか? 少年は短パン白ソックス」
「ちょっと自分の部屋から眼鏡を持ってくるから待ってなさい」
これが自分の青春の全貌だと考えると哀しくて涙が出てきそうだが、理解者が妹というのはなかなかどうして心地の良い物だった。
私は妹を愛していたし、妹も私を好いてくれていると思っている。
──……それから、あのゾンビウイルスが日本を終わらせた。
お人好しだった父は温泉宿に避難民を集めて大所帯になった。
社交不安障害である私は相変わらず引きこもりを続けた。3年分のカップラーメンと天然水は押し入れに隠し持っている。
徐々に温泉宿は要塞のような建物になっていく。
機械に強い私は監視カメラを着け(もちろん他人の目がない夜などを狙って活動)、危険なゾンビがいないか監視員の役割を任された。
そんなある日、温泉宿内で無数の悲鳴が響き渡る。
外の映像を映した監視カメラを確認しても不審な物はなにひとつない。
私はゆっくりと部屋から出て、忍び足で悲鳴の元であろう大広間に向かった。
──赤黒かった。
その景色は未だに脳裏に焼き付いている。
表現するのであれば死の海。
女性たちは綺麗な死体だが、男性たちの肉片が散らばる。
私が血液で足を滑らせると、音に反応したなにかがこちらを向いた。
知っているゾンビとはまるで違う怪物。
まるで『
〝蜘蛛の怪人〟。
「あ、お姉ちゃん。珍しいね、自分の部屋から出て来るなんて」
怪人の見た目にはそぐわない可愛らしい声。
紛れもない妹
この怪人は妹を食い殺して、声帯を奪ったのかもしれない。
それとも、本人なのか。
「えへへ、皆、殺しちゃった。パパもママも。お客さんも皆」
「……なんで」
「だって、唯一のショタが今日誕生日だったんだもん。ジジイしかいない世界なんて地獄だよねー」
「ほ、本当に
「あー、これ。まじキモイよねー。まあ、パパは大好きな蜘蛛に殺されて幸せだったんじゃないのかなー」
地獄絵図の中心で妹を名乗る怪人はハイにでもなったように話す。
すぐにでもタップダンスを踊り出してもおかしくない。
この化物はなんだ。
こんな奴知らない、私の妹じゃない。
「お姉ちゃんは殺さないよ。大好きだし、生かしてたってなんにも出来ないしね。今まで通り、部屋の中でうずくまっていればいいから」
「……なにが、目的すか」
「法律なんてもう壊れてる。なら私の行き場のなかった欲望は叶えたって誰も咎めたりしない。──だから、私とショタたちの楽園を作ろうと思うの」
怪人の身体から拳サイズの巨大な蜘蛛が何匹も出てくる。
その蜘蛛たちは母、少女、老婆たち死体の口へと入り込む。
その瞬間、白目を向いていた死体に生気が戻り、むくりと立ち上がる。
まるで操り人形かのように──……。
動く、話す、笑う。
私は走った。
怪人の喉元や温泉宿の出口ではなく、私の自室へと無我夢中で走った。
毛布の中に飛び込み、出来るだけ小さく丸まった。
誰か、誰でも良い。
あの蜘蛛の怪人を倒してはくれないか。
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