15.おにショタ!温泉宿の娘さん2号

「ところで脱出する方法は考えているのか? 1階は全部鉄板をはめられてるし宿の人たちが見張っているはずだ」


 それ以前に、階段を上って2階に来てしまった。

 避難している人たちの部屋が並ぶ。


 相手は老人ばかりだから追いかけっこにはこちらに分があるとは思うがあの人数差。

 正直なところ、戦えば圧勝出来る。……けどもゾンビでもないババ様たちを倒すのは正義の味方の所業ではない。


「窓から飛び降りる」


「怪我しちゃうよ?」


「マコトなら大丈夫でしょ」


「まあ……スーツアクターのスタントで何度か高い所から飛び降りたことはあったけど。あの時は衣装も着ていたし──うん、楽勝だな」


 もちろん撮影の時は安全マットがあったけども、2階からの飛び降りなら(温泉の高さを考えるに)10メートル程度、着地を間違えなければ無傷で行えるはずだ。


「気張れよ、少年」


「まかせた」


 走っている少年を抱きかかえ、窓に向かってスピードを上げる。


「ちょっ!? 突っ込んで窓を割るつもりじゃ……そんな映画みたいなことしなくていいから! 普通に窓開けてから降りろよ!」


 士気を高めるために大声を上げる少年。

 それに答えるように俺は足の回転を速めた。


「いっ!?」


 その瞬間、目の前に扉。

 急に窓付近の部屋の扉が開いたのだ。


 赤い物に闘牛が突っ込んで行くように、俺はその扉に激突した。

 少年に怪我をさせないように後ろに投げる。

 ぎゃふん、なんて声が上がったが一緒に衝突していたらあの程度の悲鳴では収まらなかったことだろう。


「……いたた。大丈夫か、少年」


「な、なんとか」


 部屋から高校生くらいの女性が出てきた。

 骨が見えるんじゃないかと思える程の瘦せ型で、目の下にはくま。

 髪は紫の短髪。そしてたくさんのピアス。

 服装からしてもいかにも〝病み系〟。


「早くしないと捕まるっすよ。部屋の中に」


 初登場にも関わらず訳知り顔。

 病み娘はダルそうな足さばきで部屋の中に帰っていく。

 ……俺たちに中に入れと?


 少年と顔を見合わせて思案する。

 が、後ろからババ様たちの怒号が近づいてきたせいで相談する余裕もなくその部屋に入る。


「鍵はちゃんと閉めるんすよ」


 俺たちの部屋に比べて過剰なロック。

 まるで外に出ることを放棄したような。


「一応自己紹介しておくっすけど、女将の娘亜南あなんっす」


「娘さん2号」


「……私の方が姉なんすけど」


「年齢なんて関係なく、登場が後ならもれなく2号ヒーローです」


「は?」


「マコトはバカだから気にしないで」


 しかし1号2号では分かりづらいのも確か。

 あちらは『娘さん』、こちらを『病み娘』と呼ぶことにする。


「事情は全部っす。災難っすね。あ、でも勘違いしないで欲しいんすけど、温泉は盗聴のみなんでご安心を。それとゾンビ化しないってのも信じるっすよ。普通ならとっくに変わってる」


「見たって──……」


 聞くまでもなく部屋の奥まで足を運ぶと言葉の意味は察しが付いた。


 沢山の映像装置モニター

 そのひとつひとつがこの温泉宿の映像を映していた。

 不思議な事に外の映像はひとつだけで、他は宿の中を映している。

 まるで外より中の方が危険かのように。


「マ、マコト。あれって」


 血の気が引いたような少年の声。

 指差した方向には壁に張ったポスター。


 〝際どいポーズでミルク系のアイスキャンディーを口にほおばって顔を赤らめるショタ系アニメキャラクター〟が描かれていた。

 見渡せば本棚にも〝ショタ〟と用語の入った成人向けらしいコミックが並ぶ。

 しかし少年が焦っているのはセンシティブなものを見てしまったからではない。


「ああ、『俺はショタコンじゃない!』っすよ。ファンすか?」


「……お姉さん、もしかしてショタコン?」


「は! 状況が状況だから、私の目の前にいるのが生ショタってことを忘れていた。いや、違うんすよ。ショタコンじゃないっす。ただショタとお兄さんがいちゃついてるのを見るのが大好物なただの変態淑女っす」


「変態には変わりないんだよなぁ」


「だから決してふたりの間に割り込むつもりは全くなくって、そもそもおにショタ(カップリングによってはショタおにも可)の世界において女は敵役やサポートキャラに徹するべきっていうか。そもそも女邪魔っすみたいな。そういうのわきまえてるオタクなんで!」


 病み系の見た目しているくせによくしゃべるなこの娘。

 少年は彼女の言葉をほとんど理解出来ていないようできょとんとしている。


「……じゃあ、歪曲者パバードじゃない?」


「なんすかそれ」


「俺たちもよく理解は出来ていないんだが。ショタコンのみが到達するゾンビの上位種。ようは想像を絶する化物だ」


 病み娘は思い当たる節があるのか目を見開く。

 「はーん、なるほど」と呟き、俺に視線を向ける。


「失礼なのは承知っすけど、お願いをしても良いっすか?」


「なんだ?」


「私の妹を──いや、あの化物を倒して欲しいんす」

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