14.走れ!守るのは君との約束
暗い話はあまり好きじゃない。
──というか、苦手の部類である。
ヒーロー番組の
最終回に主人公が死んだ日には1週間くらい空を見つめてため息をつき続けるだろう。
「その男はすぐにゾンビになる! 離れるんじゃ」
「いっそ、ここで化物になる前に殺してやった方が親切じゃないのかい?」
「皆さん、落ち着いてください。マコトさんにはまだ、自我があります」
そんな俺にはこの混乱は耐え難い。
しかも少年に逢うまでひとりで生活していた俺にとってこの数の思想のぶつかり合いは脳の処理が追い付かない。
現状、左腕に噛みついてきたゾンビ化ババ様は一発殴って制圧したのだが俺がゾンビウイルスに耐性があると知らない温泉宿の住人は荒れ狂う民衆と化していた。
俺をかばってくれるのは(少年はもちろんのように)女将さんと娘さん。
「追放しろ!」と怒号を浴びせてくるババ様たちの前に立ち場を治めようとしてくれていた。
そのおかげか少しずつ場に冷静さが戻ってきたような気がする。
「大丈夫。俺にはどういうわけだかゾンビウイルスに耐性があって。ゾンビ化することはないんだ」
「そんな話、信じられるわけがない! もう自分が助からないからってワシ等を道連れにしようって魂胆なんじゃろう」
「本当だ! 僕はマコトの裸を見たんだけど、ゾンビに噛まれたと思う傷がいくつもあった。でも平然としてる。だから大丈夫なんだ。おばあちゃんたちが心配するような事はなにも起きない」
「どうだか。それが本当なら、ゾンビの手先かウイルスで日本を終わらせた張本人じゃないのかい。きっとそうだ。トメさんが急にゾンビ化したのだってこの男のせいってこともあるじゃないのか」
「ああ、そうに違いない。昨日まではこんなこと起きたこともなかった」
ゾンビ化しないと信じてもらえたとしても、結局はそこだ。
なぜ生存者が急にゾンビに変わったのか。
それが分からない事には俺への不信感は拭えない。
やはり俺は頭が悪いから、怒れる人々を治める言の葉を持ち合わせていない。
正義の味方であるなら感情論でなんとか押し切るのだろうけど、現実世界では火に油っていうか逆効果になるのは目に見えている。
俺は少年に視線を向ける。
意図を察したようで微笑み強く頷き返してくれた。
それから俺の前に出て。
「元々、今日にでもここから出て行こうと思っていたんだ。だから僕はマコトは出ていくよ」
そうだったの?
「それは許さん」
「……なんで?」
「普通に考えれば分かるじゃろうが。幼子をゾンビ化するであろう男と一緒に旅立たせるババがどこにいる」
「だからマコトはゾンビにはならないんだ!」
「聞き分けのないガキめ。ワシらはお前さんの事を想って言ってやってる。恩義があるか知らんが死に目に会ってやる必要はなかろう」
少年とババ様たちの睨み合い。
普通こんな状況に陥ればあちらの意見が正しい。
間違っているのはこちら。
少年をこの温泉宿に置いて、俺だけが出て行けばこの場は収まる。
今は緊急事態で血の気が多いが皆、良い人そうだし、安全に眠れる、美味しい食事も、温泉まで付いているときた。
ここはまさに桃源郷。
ならば答えは決まっているのでは──。
「マコトさん。ここは皆を安心させる意味で一旦出て行ってはくれませんか?」
娘さんが口に出す。
それからはっと焦った顔をする。
「違うんです。追放したいというわけではなく。私はマコトさんが嘘をつくような人には思えない。見るからに物語の主人公みたいですから。だから一旦外に出ていただいて、数日後にここへ帰ってきてください。そしたら皆も『ゾンビ化しない』というのを信じると思うんです!」
太陽のような笑顔。
今の俺からしたら天から降って来た蜘蛛の糸だった。
「ね。それなら納得してくれる?」
娘さんが微笑みかけるとババ様たちは武器を置いた。
「帰ってくるまで、カケル君の安全は約束します」
女将さんも申し訳なさそうに頭を深く下げる。
それが最善策だろう、と思う。
「わかりました。俺がいない間、くれぐれも少年を──」
「ダメだ!!」
少年が大声を上げ、俺の手を引いて走り出す。
入り口はすぐにババ様たちが通せんぼしたため通れない。
だから反対方向に走り、二階に上っていく。
「なに勝手に押し付けようとしているのさ! 最後まで守るって、一緒にいるって約束したのに」
「いや、たったの数日」
「マコトのバカ、マヌケ、ヒーローオタク」
「ヒーローオタクは悪口ではないのでは?」
「正義の味方なら約束したことは死んでも守れ。誰にも僕を任せるな。ここから出て行けって言われたら僕も連れ出せ」
確かに。
さっきのは責任の放棄だったかもしれない。
場の空気に流されていた。
「はは、ごめん。君は俺が絶対守る。だからここが桃源郷だったとしても、一緒に来てくれるか?」
「うん。あたりまえ」
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