13.ほののん食卓と思いきや

「おはよう。娘さん」


「おはようございます。……その呼び方、さては名前覚えてませんね。もう、やだなー。ア・ラ・ネ。sayセイ


「アラネ。──なんで!?」


 横にいた少年に腹を全力で殴られた。


 朝、そろそろ腹が減ったと思い部屋を出たところ厨房にてこの温泉宿の娘さんに遭遇する。

 時間は7時半。

 ちょうど朝飯時だからか、料理をしていた。

 なぜメイド服を着ているのか突っ込んだ方がいいのだろうか。


「かなりの量を作ってるね。昨日も思ったんだけど、日本がこんなことになって食材集めや保存が難しいはずなのにどうして?」


「電気会社が機能していないのにってことなら、うちには太陽光ソラーパネルが付いてますので自家発電可能です。食材は屋上で野菜を育てていますし、お肉やお魚は月一でここにいる5人程決めて外へ集めに行くんです」


「なるほど。ここには何人くらい避難しているのかな?」


「今ではもう15人程度です。老人と子供、しかも女性のみですが。男性は全員……」


 言いづらそうに視線をそらす娘さん。

 聞かなくても想像はつく。

 男は皆、月一の食材集めに行ってゾンビに命を奪われ、ゾンビ化してしまったということなのだろう。


「ですのでマコトさんが来ていただいてとても助かります。お客様に働いてもらうのは申し訳がないんですけど、力仕事は頼りにしてもいいですか? あ、カケル君は可愛い担当だからここにいてくれるだけで大丈夫だからね」


「うん。受けた恩以上の働きはするつもりだ」


「まあ! それは頼りがいがありますね」


 早速有言実行せねば、出来上がった料理を運び出す。

 朝食は畳の大広間に集まって宿の全員で取るそうだ。


 確かに集まっているのは女性のみ。

 それでもずっと生存者と合わない生活をしていた俺にとっては大所帯のようにも思える。


 ただ、〝朝食は大広間で〟と決まりが出来るくらいだ。

 前はこの場を埋める程の人で溢れていたのかもしれない


「あら新顔さん。えらい色男が来たじゃないかい。坊主の方もめんこいねぇ」


「いやお嬢ちゃんじゃないかい。失礼なお人だよ、まったく」


眼福がんぷく眼福がんぷく


 比率的にはババ様たちの数が多い。

 しかもレパートリー豊富なようで『若いの。一戦どうだい?』と服をずらして肩を見せるババ様までいる。

 その全てを微笑みながらの会釈で流す。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「はい。それもう、ぐっすり」


 女将さんが声をかけてくれる。

 髪を耳にかける仕草はなにかの絵画のように、──なんて鼻の下を長くしていると「マコトはちゃんと寝れただろうね」と少年の嫌味じみた舌打ちが聞こえた。


「ふふ、それは良かった。食事を運ぶのを手伝っていただき申し訳ございません。あの娘ったらお客様にこんな事までさせて」


「気になさらず。ご親切に甘えるだけというのは性分に合わないものですから。それにしても、出来た娘さんですね」


「表向きだけですよ。家族の前だととことん怠け者なんですから」


「もう、お母さん。恥ずかしいこと言わないでよ」


 調理を終えた娘さんも大広間へとやってきた。

 娘さんは口をリスのように丸めて怒り、女将さんはそれを見て口を隠して笑う。

 ああ、仲良きことは美しきかな(仲が悪かろうとこのふたりは美しかろうけど)。


 娘さんがやってきた途端、皆が一斉に座り、食事に手を合わせた。

 それから女将さんだけ立ち上がる。


「今日も無事にこの日を迎えられたことに感謝を込めて。そして新しい家族の歓迎も込めて。手を合わせて、いただきます」


 俺も少年も他を見習って手を合わせて「いただきます」と言う。

 もしかしたら中学生以来かもしれない。


 新しい家族、とは俺たちの事を言ってくれたのだろう。

 ただでさえ食材や消耗品などに困る世界、新しい構成員なんてうとまれるとも思ったのだがここの人たちは皆がおおらかで笑顔で歓迎してくれる。

 少年は人見知りのせいか俺の膝の上から降りようとはしないけど、いつかは心を許す日が来ることだろうと感じた。


 きっとこの場なら、外の惨事を忘れて幸せに暮らせるのではあるまいか。

 だってここは間違いなく桃源──……。


「トメさん。なに食事中に立ち上がるたぁ、アンタこそ礼儀がなっていないじゃないのさ。なんだい、お手洗いかい?」


「……トメさん?」


 食事中に急に手を止め立ち上がり、机を身体で押し倒しながら歩き出したひとりのババ様。

 少年を女の子と勘違いしたババ様。


 間違いなくこちらに向かってきている。

 首をぐらぐらと揺らして、うなだれているのだが次第に歩く速度が上がる。


「グルルル……」


 ──赤い目。


「い、捕食者イーター!?」


 なんでどうして、と考える隙もなくゾンビ化したババ様が飛び掛かって来た。

 狙いは俺か少年か、それは分からなかったが左腕をゾンビに噛ませ少年を守る。


「──……く」


 周りから困惑の悲鳴が上がった。

 なによりも大きく聞こえたのは、「この男、ゾンビに噛まれたぞ!!」──だった。


 ──追放だ。

 少年をここに置いて、お前だけが追放だ。

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