11.清楚!温泉宿の娘さん1号
ゾンビウイルスが蔓延してから初めてと言っても過言ではない入浴を済ませた俺たちは女将さんが用意してくれた一室でくつろぐ。
少年の髪が長くて全然乾かないため、足の隙間に挟んでタオルでごしごしと拭いてあげる。
部屋の窓には鉄の板がはめられ、扉は鍵で閉められているからゾンビはおろか他人が侵入される恐れはない。
唯一、女将さんはスペアキーを持っているだろうが見るからに心穏やかで気品のある女性だ。
「お夜食をお持ちいたしました」
部屋の扉がノックされる。
「はい、ただいま──」
「失礼いたします」
俺が立ち上がり鍵を開けるよりも早く、扉が開かれる。
一瞬、扉が壊れているのかとも思ったが入って来た人物の手にスペアキーらしきものがあるためとりあえずその心配はない。
現れたのは仲居着物の女性。
歳は高校生くらいで、特撮ヒロインにいそうな清楚系美少女。
そこはかとなく女将さんと似た空気があるため、彼女が言っていた『娘がふたり』のひとり目ということだろう。
美人親子とか、日本が平和だったらさぞかし宿が儲かっていたはずだ。
「女将の娘
声まで可愛いときている。
宿の娘さんでなければ声優さんになることをすすめていたかもしれない。
「ありがとう。でも衣食住を提供してもらっているだけで頭が上がらないのに、身の回りの面倒なんて。明日からは俺がこの宿の全部をやるくらいの意気込みで働かせてほしい」
「ふふ、大丈夫ですよ。日本はもう終わってしまったかもしれない、でも私たち家族は父の残したこの温泉宿を守り続けていきたいんです。だからお客様はゆっくりとおくつろぎくださいね」
女将さんが月のような静かな美しさと言うなら、娘さんは太陽のように明るい可愛らしさだろうか。
疲れを浄化させるような笑顔をこちらに向ける。
豪勢な食事が机に並ぶ。
肉、魚、野菜。色とりどりの料理が……じゅるりっ。
「カエルじゃない」
「カエル? 宿の料理で出ませんよ。ボクはカエルが好きなのかな。そもそもカエルって食べられるんですか」
不思議そうな顔をする。
そりゃあ、こんな豪勢な料理が並ぶ温泉宿の娘さんだ。
ゾンビが徘徊する世界になってもウシガエルを食べた経験はないのだろう。
可哀想に。
明日にでも探しに行ってごちそうしてあげようか。
「人見知りですかね。お姉さんは怖くないよー」
少年に微笑みかける娘さん。
どういうわけだか少年の返答はない。
俺の足の間に挟まって身体を縮める。
身体は冷たく硬くなったような気がする。
「ごめん。結構しゃべる少年なんだけど。娘さんが美人で緊張しているのかも。……それとも湯上りで身体を冷やしたか。具合悪い?」
そう問いかけると少年時は小さく首を振る。
「もしかしてお兄さんとのふたりっきりの時間を邪魔されておこなのかなー?……アツアツだねぇ」
「──……ち、違う」
「大好きみたいです」
にやりといたずらっ子のようにこちらへ視線を向けた。
「だと嬉しいけど。まあ、嫌われていようと少年を守るきるってことには変わらないけどさ」
「妬けちゃうなー。ベッドがひとつだからって夜中に変なこと始めないでくださいよ。ここ壁が薄くて隣の部屋に声が漏れるんです。こっちにはスペアキーがあるもんで、速攻鉄拳制裁出来ることをお忘れなく」
「しないから!」
非の打ち所がない美少女かと思ったら意外に残念娘かもしれない。
娘さんは含みのある微笑みのまま部屋から出て行った。
「ふぅ」
少年が深い息を吐いた。
まるでいままで息を止めていたかのように。
「本当に大丈夫か? のぼせた……うん、爆睡しながら湯に浸かっていたしありえるな」
「心配ない」
おでこに手を置いてみるが熱は無さそうだ。
完全に固まっていた身体も呪いが解けたかのように柔らかい。
「食べれそう?」
「もちろん。こんな美味しそうなものが並んで食べないなんてありえない。最近はろくな物を食べてなかったし」
「……それは申し訳ない」
固形燃料にライターで火を付け鉄板で牛肉を焼く。
サーモン、マグロ、イカ、エビ、刺身の盛り合わせ。
肉じゃが、山菜の天ぷら。
「口の中に広がる打ち上げ花火。忘れていた。ゾンビウイルス前はこんなにも美味しい物がそこら中にあったことを」
「……うまま」
少年もご満悦。
ほっぺが落ちているご様子。
俺も感極まって号泣している。
ここはもしかしたら桃源郷という場所ではなかろうか。
美人親子が営み、温泉も最高、食も充実している。
浴場にはお釈迦様もいたし、間違いなくそうに違いない。
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