幕間 入浴! ハダカのお付き合い

「あの女将さん、怪しいと思う」


「なんで? 親切な人だったじゃないか」


「親切すぎるんだよ。ゾンビがそこらを徘徊している世界で外から新しい人を迎えるってなったら普通警戒するでしょ? 裸にして噛まれた跡がないか確認したっておかしくない」


「俺が感染していないと言った。女将さんはこんな世界になっても他人を信じることの出来る人ってことじゃないか」


「なにか裏があるとは思わない?」


「全然。無償の親切だってあるんだぞ、少年」


「……マコトはそうかもしれないけど」


 山の中で野生動物に匂いで見つからないように泥などを身体に付けているため汚い。

 そんな俺たちを嫌な顔ひとつせずに出迎えてくれたのだ、悪い人なわけがない。


 しかも無償で温泉を使わせてもらえるなんて、至れり尽くせりにもほどがある。


「それにしてもタオルは巻かないのか?」


「あたりまえじゃん」


「当たり前か」


 長いポニーテールをほどいているため、長髪の美少女にしか見えなくなった少年がすっぽんぽんになる。

 シャツと短パンの火焼け跡がくっきり残っていた。

 初対面の際に服をたくし上げられ、ツイていることは知っていたが何故か心臓に悪い。


 男同士でも警戒が必要な時もあるんだよって教えた方がいいのだろうか。

 こんなに可愛らしい見た目をしているのだからあの蜘蛛怪人のような危害を加えようとする変態が他にいないとも限らないし。


 とりあえず脳内修正して謎の光を。

 ツイているものと胸のラインに……余計いかがわしくなった。


「背中洗ってあげる」


「ありがとう。助かる」


 湯に浸かる前に身体の汚れを全て落とさなければ。

 ボディタオルで背中をごしごしと身体を上下に揺らしながら一生懸命洗ってくれる。

 動くたび吐息と「よいしょ」が耳元に届く。


 あー……、どうしよ。

 すっごいセンシティブな状況に陥っているかもしれない。


「次は俺の番だな。座りな」


「ん」


 身体の泡を流しきり、少年からボディタオルを受け取る。


 とても小さな背中だ。

 ひと拭きで洗えてしまうじゃないだろうか。

 こんなか弱く見える少年がひとりで生き抜いて来たんだな、と兄弟や親でもないのに誇らしい気分になった。


「ひゃっ!?」


 俺が少年の背中に手を乗せるとびっくりしたのか身体を震わせた。


「あ、ごめん」


「別に良いけど、急になに?」


「んー、少年の背中が考え深くて。大切にしなくちゃなって思ったわけさ」


「……な、なんだよそれ」


 耳まで真っ赤にさせる少年。

 湯にも浸かっていないのにのぼせてしまったか。


 シャワーで少年の身体を洗い流す。

 猫みたいに身体を振って雫を飛ばしている、俺の顔にも数滴かかった。


 湯に長い髪が浸からないように少年の頭をタオルで巻く。


「それにしても立派な温泉だな」


 巨大な浴場である。

 真ん中にはお釈迦様の石像が置かれている。

 普通はマーライオンとか、……それも変か。


 神仏に見られながら温泉に入るのは初めてだな。


「くぅあー……。きっくぅ」


 疲れが全てほぐれていく。

 身体の中から温まっていくような感覚。

 温泉には詳しくないが間違いなく効能はある。


「くぅ」


 そして俺の膝の上に座る少年。

 お尻がふにゅっと柔らかい。


「こんなに広いのになぜそこに?」


「気にしない」


「難しいけど、精進しよう」


 これが少年のお風呂の入り方なのかもしれない。

 ゾンビウイルスが蔓延する前は家族とこうしていたのだろう。

 落ち着いてくれるのならやぶさかではない。


 だがそれ以上後ろには引くな。

 かなりギリギリだ。


「久しぶりに温泉に入った。こんなに気持ちいいものなんて忘れてたかも」


「そうだな。やっぱり日本人にはこの時間が必須。……雨で身体を洗う日々の俺。羨ましがるだろうな」


「雨に当たれただけマシだよ。僕なんてコンビニから出られなかったんだから」


 でも雨で汚れを落とすより売り物のウェットティッシュで身体を拭く方が清潔だと思うけどな。

 

「あのコンビニが僕の世界の全てだった。もう外には出られないって。ここ飢え死ぬんだろうなって思ってた。でもマコトが連れ出してくれて、今は温泉に浸かってる。……ありがと」


「どういたしまして」


 頭を撫でる。

 少年はこちらに振り返った。


「ずっと一緒にいてね」


「ああ、当たり前だ」


「……へへ、良かった」


 安心したように微笑む。

 それから俺の胸に頭を置いた。

 心臓の音を聞いているのか、それとも。


「──すう」


「寝ちゃったよ」

 

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