10.温泉宿!犍陀多の湯
田舎っぽい街並みの真ん中に豪勢な温泉宿は目を引く。
しかもそれがゾンビウイルスによって終末を迎えた今でも営業しているのだから……少し不気味にすら感じるな。
少年が
「少年を布に包んで姿が見えないようにすれば
「誘拐犯みたいになりそうだけど」
「じゃあ女装してみるとか。ゾンビたちはなぜか少年たちを標的にしている。なら少女に化ければ、少なくとも
「絶対やだ。そもそも似合わないし、すぐバレるもん」
「いやー……」
少年の容姿を眺める。
黒髪のポニーテールで焦げた肌。
可愛らしい顔に左目下にあるホクロ。
「白のワンピースとか可愛いと思うけど」
「……着て欲しいわけ?」
「いや、そういうわけじゃなくてゾンビから逃げる為に」
「ヘンタイめ」
「だから違うよ!?」
また変な誤解を招きそうだからこの話題はこの辺にしておこう。
でもまあ、女の子の格好をしてくれたら少しは場が華やぐような気もする。
……これはショタコン的思考か? いや断じて違う。
「バリケードは作ってるんだな。ゾンビが入ってこないように対策はしている」
ということは温泉宿で生活しているのはゾンビウイルスに感染していない生存者だ。
バリケードの高さは俺の背丈はある。
少年は自力では登れないため肩車して登らせる。
俺はこのくらいの高さであれば助走なしで飛び越えられる。
また少年に苦い顔を向けられた。
「人間だから」
「もういいよ。わかったから」
ようやく温泉宿の前。
扉を数度ノックする。
扉や一階の窓には鉄板が貼られており、ゾンビがもしバリケードを越えてこようと侵入されないような要塞みたくなっている。
「はい?」
出てきたのは浴衣を着た美女。
年齢は40後半とも思われるが妖艶な美貌が年齢など気にさせない。
しかもなんと言っても〝ボンキュッボン〟。前者の〝ボン〟なんて服の中にスイカでもいれているんじゃあないかと思わせる程の──……。
どういうわけだか少年に足を踏まれている。
俺がこの妖艶な浴衣美女に鼻の下を伸ばしていたのにむかついたのかもしれない。
ちゃんとしなさいと。
「すみません、温泉宿の煙突から煙が見えたものですから生存者がいると思いまして。もし良ければ一晩だけでも厄介になれないものかと」
「ゾンビに噛まれてはいませんか?」
「はい。俺もこの少年も感染はありません」
「カケル」
俺の足を踏む力が強くなる。
いい加減に名前を憶えろと。……やだなぁ。とっくに憶えているよ。
「でしたらどうぞ。ゾンビから逃げ続けてお疲れでしょう、一晩と言わず宿泊してください。私はこの温泉宿の女将です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。ゾンビが侵入してきたら戦闘員として使ってください」
「それは頼もしい」
ふふ、と袖で口元を隠し微笑む。──ああ、お美しい。
女将さんは温泉宿の中に案内してくれる。
外もだったが、内装も立派なものだ。
木造。ほこりもなく毎日手入れされているのが分かる。
ランプで灯りが廊下を照らしていた。
「だいぶ静かですね。……ここには女将さんだけですか?」
「いえ、娘がふたり。それと貴方たちのように避難してきた方が数名。はじめはもっとにぎやかだったのですが守りが弱かった頃にゾンビの襲撃が何度もありまして……私の夫もその時」
「失礼しました。配慮が出来ず」
「気になさらないでください」
こんな世界だ。
不幸はどこにでも転がっている。
考えれば聞かれたくない話題だったことはすぐに分かるだろうに。
強めの拳を自分の頬に食らわせる。
かなりえぐい音がした為、少年も女将さんも驚きびくっと身体を震わせた。
なにやってんの? と言いたげな顔だ。
「ではおふたりはこの部屋をお使いに。鍵はこちらです。それと、温泉はいつ入っていただいても構いません。疲れを洗い流してください」
「なにからなにまで」
「ここは安全なので、親子の時間を満喫してください」
ペコリと頭を下げて去っていく女将さん。
「……俺がこんな大きな子供がいる歳に見えたのかね?」
「見えたんじゃないの」
へっと鼻で笑われた。
なんだか少年の機嫌が悪いような気がする。……なにかしたっけ?
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