9.やったか!?爆発しないだと…!

 殴り飛ばした蜘蛛怪人の姿が見えない。

 隠れているのかもしれないが、それにしてはさっきまで感じていた緊張感がない。


「倒したのかな?」


「まさか。怪人ってのは大抵は爆発するか、やられる前に巨大化するものだ」


「ヒーロー番組のお決まりを言われても。現実的にありえないでしょ」


 常識的に考えてありえない、とため息をつかれてしまった。

 と言っても、そもそも蜘蛛怪人の存在だって常識的ではない。


 歪曲者パバード……ゾンビウイルスによって人間を超越したショタコン。

 本当に性癖が関係しているかは他の歪曲者パバードに会わなければ確証を得られないような気もするな。


「そういえば、その……」


 少年がなにか言いたげにこちらを眺める。

 お姫様だっこをしているせいか顔が真っ赤だ。


「ああ、恥ずかしいんだな。ひとりで歩ける?」


「いや、出来ればもう少しこのままが良い。足が震えて立てそうにないから」


「なら他に言いたいことがあるのか」


「アイツを殴った手は大丈夫なの?」


「ん。ああ、問題ない」


 かすり傷はあるものの痛みはないし、折れた形跡もない。

 ぐーぱーも出来る。


「……本当に何者」


「スーツアクターになる為に地獄の特訓をしてきたからな。他より身体が頑丈な自信があるぞ!」


「いや限度ってものが」


 それほどに地獄の特訓だったのだ。

 師匠の下で常人では3日も経たず逃げ出すような鍛え方をしていたのだから。

 そのおかげもあってかスーツアクターの過激なスタントシーンでも怪我をしたことは一度もない。


 さすがにゾンビや怪人に通じるとは思っていなかったけど。


「やっぱり逃げられたな」


 蜘蛛怪人が吹き飛び突進したであろう地点。


「砂とかになって消えるタイプの怪人とも考えられなくもないけど、着地地点のそばに怪人の足跡と靴跡がある」


「……人間態がどうこうとか言ってたよね」


「おそらく歪曲者パバードは怪人の姿と人間の姿を使い分けることが出来る。厄介だな。逃がしたのはかなりまずい」


 しかも奴の狙いは少年だ。

 間違いなく再び襲いにくる。

 その時、人間の姿で現れたら対処のしようがない。


「心配ないよ。だってこっちにはマコトがいるんだから」


「ありがたいけど、今回はたまたま追い返せただけだ。ちゃんと対策を考えなくちゃな」


「マコトは鉄人だから大丈夫」


 安心したような微笑みを見せる少年。

 俺を信じているからこその表情に胸が暖かくなった。


「はは、気付かれてしまったか。そうだとも。なにしろ俺は無敵の鉄人『黒鉄くろがねオックスマン』の〝中の人〟だからな!」


「なにそれ知らない」


「俺の代表作──……」


 あまりのショックで膝を屈しそうになったが少年をお姫様だっこしているためなんとか耐えた。


 『黒鉄くろがねオックスマン』の魅力を語りたい。

 しかしまた興味なさげな相槌が帰ってくるのは火を見るよりも明らか。

 まあいいさ、少しずつ知識を与えて気付いた時には立派なヒーローオタクにしてみせる。


「とりあえず、この蜘蛛の巣まみれの山から出ないとね」


「かなりの粘着力だな。棒とかで集めれば敵を捕まえる武器とか出来そう」


「蜘蛛って7種類の糸が出せるんだって」


「……ヒーロー番組知らないのにそういう知識はあるんだ」


 少年の博識具合に俺の子供っぽいセリフの恥ずかしさが増す。


「よっと」


 蜘蛛の糸を取っていくのも面倒だから、飛び越える。


「僕を抱えてそのジャンプ力……もうマコトだからそういうものと思うことにする」


 負傷しているとはいえ蜘蛛怪人が潜んでいるかもしれないこの山からはすぐにでも離れないといけない。

 全力疾走である。


 少年が酔わないようにバランスを取りつつ、障害物を避けていく。

 

「──脱出!」


「……酔った。うぷ」


「任務失敗!」


 俺の服を引き、顔色の悪い少年。

 ギリギリな隙間を通る時、俺はスライドして少年を上に投げてからのキャッチなどしていたからだろうか。


 どこか休める場所はないかと周りを見渡す。


「煙、火事か。……いや、煙突から出ている」


「生存者?」


「かもしれないな」


 確認する限り煙の元は温泉宿のような建物。

 ゾンビ共が徘徊している世界で今も営業中?


「とりあえず、行ってみるか」


「う、うん」


 看板には『温泉宿 犍陀多カンダタの湯』と書かれている。

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