8.うなれ! 正義の鉄拳

「まずは自己紹介といこうじゃないか。俺は鷹岩たかいわ マコト。職業スーツアクター」


「律儀だねー。歪曲者パバード〝タイプ蜘蛛くも〟。人間名は……死んでいくお兄さんには言う必要ないかな」


「確かめたいんだけど、その見た目は着ぐるみや特殊メイクではないんだよな?」


「どう思う?」


 口をがっぱと広げる蜘蛛怪人。

 嫌にリアルというか、生々しい。

 舌まで出してくる始末。


「ゾンビの上位種らしいが、徘徊者ウォーカー捕食者イーターはお前が操ってるとか」


「そんなわけないじゃん。アイツ等とは人間と猿くらい違うわけ。それに私たちは仲間を増やそうと思ってなければウイルスの感染すらない。お兄さんとベロチューしても大丈夫。試してみる?」


「断る」


 感染しないとしてもゼ●モーフみたいな蜘蛛怪人と接吻したい物好きなんていない。

 それにその長く鋭い舌で突き刺すつもりではないだろうか。


「こっちこそお断りー。てか、歪曲者パバード同士だったら確かめる意味ないし。いくらイケメンでも、じじいじゃん」


「そんな歳いってないわ!」


「14歳以上はじじいなんだよー」


 退屈とばかりにあくびをされた。

 この蜘蛛怪人……会話はしているが、俺にまったく興味がない。


 意識しているのは俺の後ろ。

 少年が隠れている木。


 相手はこちらも歪曲者パバードだと勘違いしているようだ。

 だから警戒して距離を取っているのだろう。


「どうして少年を狙っている? 『助けに来た』とも言っていたが」


「お兄さんの魔の手から救いに来たに決まってるじゃん」


「……それはどういう」


「言わなくても分かるっしょ。お互い〝〟なんだから」


「は???」


 ショタコンではない、敵女幹部好きの普通の男だ。

 たわわなお胸が好きだ。


「ショタコンに生まれたからには理想のショタを他の変態に奪われて汚されるなんて許せないよねー。可愛いショタはみんなお姉さんが保護してぺろぺろしながら生きていくんだ」


「なんだそれは。まるで少年を愛玩動物みたいに言って」


「そうだよ? ショタはお姉さんのむふふな欲求を解消してくれる可愛いペット。……まあ、じじいになったら殺さないといけないのが面倒だけど」


 当然のようにそんな言葉を吐く。

 俺の頭から血の気が引き、胸の中でなにかが沸騰ふっとうしていくのが分かった。

 拳を強く握る。


「倒すべき悪だという事は分かった」


「悪? それはロリコンみたいな犯罪者共のことでしょ。私たちの性癖は神様が許容した、いや推奨してくれた。だってショタコンの私たちは生物を超越して世界の終末を生き抜いたんだから」


 蜘蛛怪人は右手を前に突き出す。

 肩に付いている脚のない巨大な蜘蛛のような盾、そのお尻から糸が出た。

 俺の身体に糸が巻き付く。


 刀身ようなバランスが取りづらそうな足だが瞬間移動かと思うくらい素早い速度で場を縮め、左腕を上げる。


「とりあえず死んでよ」


「──!?」


 防御態勢を取ることも出来ず殴られる。

 背中にワイヤーでも仕込んでいたっけと思うくらいに吹き飛んだ。


 木に背中をぶつける。


「……マ、マコト」


 まずいな。

 ちょうど少年が隠れている木の下で倒れてしまった。


 少年が身を案じて降りようとするものだから小さく首を振って止める。

 ダメージはあるが、受け身はちゃんと取れている。


「おかしいなー。今の普通に頭が破裂する力で殴ったよね。人間態でその頑丈さってもしかしてチート使ってない?」


 蜘蛛怪人は不思議そうに近づき、気絶寸前の俺を見下ろしている。


 これがヒーロー番組ならここでテーマソングが流れて変身アイテムがどこからともなく現れる展開だろう。

 けれど、俺は正義の味方ではない。

 ましてやテーマソングなんてなかったじゃない。


「まあ、いくら頑丈でも心臓を潰されれば死んでくれるよね」


 鋭くとがった指を重ねて、俺の胸に目掛けて──。


「やめろぉ──!!」


 薄れいく意識の中、チェンソーのエンジン音がした。

 木から飛び降りてチェンソーを振り下げるが蜘蛛怪人の鎧の方が硬かったようで回転チェーンは粉砕され跳ね返される。


 しかも少年は捕まってしまう。

 左手でつままれた。


「極上ショタゲット!! うひゃひゃ。これは上物ですぞ。メイド服を着せてあれやこれやお姉さんに奉仕してぇ」


「離せ化物! 言いなりになるくらいならここで舌を噛んで死んでやる。お前のせいで、僕の家族や友達は……」


「学校の事、まだ根に持ってるの? ごめんて、確かに君を逃がしたことに腹立って生き残りも全員殺しちゃったけどさ。またふたりが巡り合えたわけだし」


「──……お前だけは絶対に」


 許さない。


「ぐべ!?」


 

 気が付けば身体に巻きついていた蜘蛛の糸もほどいていた。


 蜘蛛怪人は勢いよく吹き飛び、俺は宙を舞った少年を衝撃の無いように優しくキャッチする。

 お姫様だっこである。


「マコト! ……大丈夫?」


「当然だ。少年が頑張ってくれたのに、俺だけ寝てられるかって」


 俺は正義の味方にはなれないかもしれないけど。

 絶対に守ると約束した、少年の味方は突き通す。

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