6.初体験!美味しくいただく

「地獄からの使者! スパイダーマ──」


「分かったからちゃんと食べ物探してよ」


「いや分かっていないぞ少年。まだ序章に過ぎない。ここからスーパー戦隊の輝かしい歴史の幕開けなんだ」


「もう頭いっぱいだよ。序章が六法全書くらい分厚いんじゃん」


「そう。戦いの歴史は長く輝かしいのだ!」


「うるさいヒーロー番組布教オジサン。ゾンビが集まる」


「お、おじ……」


 ヒーロー番組を見たことないという少年の為に輝かしい歴史を聞かせているのだが、どうにも響かない。


 やはり言葉と動きだけではダメか。

 あの熱量は演技・演出・特撮愛があってこそ、みんなで作り出す興奮だ。


 スーツアクターひとりでは難しい。


「そもそも色んな作品が次々に出てきてよく分からないし、結局どのヒーローが一番強いわけ?」


「その質問をヒーローオタクに普通するかね」──掛けてもいない眼鏡をくいっと。


「あ、いいよ。めんどくさい」


 長くなる、と悟ったのか右手を前に出してストップサイン。

 遊んで欲しいのに飼い主が忙しくて相手してくれない犬の気分である。

 しゅんとする。


「この植物、さきっぽがくるくるしてる」


「〝ぜんまい〟だな。食べられる山菜だから集めといて」


「はーい」


 シダ植物、春に見られるぜんまいの栄養葉は山菜と食べられる。

 味はほとんどしないが、あく抜きしてしっかり味付けすれば食感もよくて美味しい。


 「んしょ」と一生懸命ぜんまいを収穫していく少年。

 たまに口は悪いけど素直で可愛いんだよな。


「お肉発見。 確保」


「え、お肉!? なになに」


「〝ウシガエル〟」


「絶対やだ!!」


 しかも二匹。ご夫婦かしら。「ゲコッ」「ゲコッ」

 かなりお肉が乗ってたぷたぷしている。

 追手から逃げる為だったとはいえ鹿肉を食べられず悲しかったがこれで勘弁してやろう。


「そんなの食べないよ! 早く逃がして!!」


「ダメだ。ウシガエルは特定外来生物で、逃がすのは違法行為だと外来生物法で定められている。食べねば」


「そんな面倒な生物捕まえるな!」


「味は鶏肉に近いと言われている」


「……んぐ」


 なら食べれる。いや、でも見た目が……。な顔をする。

 しかし少年よ、俺は知っている。

 数刻前から少年の腹の虫が鳴いている事を。


 しかも非常食を入れていた俺のバッグは逃げている最中に底が破れて中をほとんど落としてきてしまった。(残ったのはサラダ油と塩と醤油)

 ヘンゼルとグレーテル状態を危惧して山に逃げ込んだわけで。


 つまり、選択の余地はないのだ。

 ゲテモノだろうと食わねば飢え死ぬ。


「美味しく、作ってくれたら」


「おう。まかせろ」


 これでも仕事仲間に何度も料理を振る舞っている。

 それなりに自信はあるのだ。


 ……だけど調理道具がほとんどない。

 鉄製のコップ。箸、スプーン、ナイフ。

 幸いライターはあるため火は確保出来る。


 綺麗な川を探し、しめたウシガエルを洗いナイフでさばく。

 ぜんまいも忘れず洗う。


 安全な場所で火を焚き、棒に刺したウシガエルの肉を焼く。

 ぜんまいは水を入れた鉄製のコップで沸騰させあく抜きをする。


 味付けは塩と醤油。

 うーん、実にシンプル。


「完成。料理名『蛙怪人の休日』。ご賞味あれ」


「改名したほうが良いと思う」


「よし。手をあわせて、いただきます」


「い、いただきます」


 少年はまず安全そうなぜんまいから手を付ける。

 小さい口にぱくりと。

 美味しい! ではなく「うん。食べれる」という顔だ。


 次におそるおそるウシガエルの塩焼きを見る。


「まんまカエルなんだけど」


「大丈夫だ。内臓は抜いてある」


「いや、そういうことじゃなくて」


「ナイフが全然切れなくてさ、それに小さくしたら食べた気しなくないか? 男ならこう……マンガ肉みたくがっつきたいと思って」


「原型が分からないくらいみじん切りにして欲しかったんだけど!」


 涙目で抗議する少年をスルーして、俺はかぶりつく。

 淡白な味の鶏肉とはよく表現したものである。

 コンビニでばかり済ませていたせいで焼きたてのお肉の美味しさを忘れていた。


 口にほおばり、すぐになくなった。


 それを見ていた少年も自然とよだれが出てゴクリと。

 まだ見た目には抵抗はあるものの食べる決心をした。


 まず舌触りを確かめるためか舌をぺろっと出す。

 それから手慣れない手つきでゆっくりと口に運んで……なぜか艶っぽく、エロくみえるのは気のせいだろうか。

 緊張で呼吸が小さく漏れ、首のあせが鎖骨に向けて流れる。


 見ていて良いものか。

 否。これは少年が初挑戦の恐れと戦っている姿だ。

 不健全なわけがない。


「はふ」


 少年は自分の口よりも大きなそれを一生懸命に押し込む。

 ここで確信する、少年の初体験を奪ってしまったのだ。


「えへへ、美味しい」


 そしてこの笑顔である。

 料理を作った相手に送る満点のものだった。

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