3.揉み!シリアスでもお尻は柔らかい

 カバンに入れていた電池式のランタンをつけ、灯りを確保する。

 もちろん灯りが外に漏れるとゾンビたちが寄ってきてしまうため、注意を払いコンビニの奥の方のバックヤードへ。


 ポニーテールの少年はその光を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「明るいね」


「いままでどうやって夜を過ごしてたんだ?」


「暗くなったらすぐ寝てた。トイレとかに起きたら蠟燭ろうそくの火が頼りかな」


 そりゃあそうだ。

 俺とは違って、ゾンビたちに存在を気付かれてしまったら追いかけられてしまうのだから。


 ましてや、ここら辺には襲える生存者がもういない。

 腹を空かせた捕食者イーターたちに見つかればコンビニのガラス窓なんてすぐに割られて涎をまき散らしながら突進してくる。


「本当によくひとりで生き残った。尊敬する」


「褒めるなよ。僕はなにもしてない。ただだけだから」


 昔から夜は重い気持ちになる。

 未来への不安だとか、生きる事への途方の無さとか。


 でも今は孤独を感じる必要はない。

 俺には少年がいて、少年には俺がいる。

 重い気持ちが胸を握り潰そうとしているのなら相手に吐露してしまえば良い。


 そんな気持ちを込めて眺めていると、少年にも伝わったようで小山座りして。

 膝には絆創膏。


「ゾンビウイルスが蔓延して、僕は学校に避難した。先生や保護者、友達がいて。みんな『いつか収まる。また〝いつも通り〟が帰ってくる』って思ってた」


 その話には当然のように、──「だけど」が付け加えられてしまう。


「あるゾンビが学校のバリケードを破壊したんだ。大人や女子生徒たちは噛まれてすぐにゾンビ化して。僕と男子生徒たちは一緒に逃げたんだけど。次第に数は減っていって、ここに辿り着いた時には……僕ひとりだった」


 畳んでいる脚を強く抱いてトラウマを押し殺そうとしている。

 励ましの言葉は少年にとって傷を深くするだけかもしれない。


「そっか。……俺はどういうわけだかゾンビに襲われない。素通りされちゃうんだ。逃げてもらう為の足止めにもなれない。まるで、『お前は部外者なんだぞ』って言われてるみたいでさ」


 正義の味方には悪役が必要だ。

 だけどその悪役が相手にしてくれないのだから、──俺は正義の味方ではないのだろう。

 守りたいを者を全て取り零す、部外者Aである。


「俺も生き残されたひとりだ」


「じゃあ一緒だね」


 枯れたような微笑みを魅せられた。

 それを見て我に返る、俺まで吐露してどうする。

 元気づけるんじゃないのか!


「あ、蜘蛛」


 少年の肩に足が八本、節足動物門鋏角亜門クモガタ綱クモ目の生き物。


「え!?」


 その姿を確認することもなく、目を真ん丸にさせ飛び跳ねる。

 俺の胸に飛んできた。


 少年の体重だから重くはないけど急な事で押し倒される形になってしまった。

 不可抗力だがバランスを保つために出た手が少年のお尻に置かれた、ふにっとびっくりするくらいにやわらかい。

 マシュマロかと思った。


「やだやだやだ。すぐ殺して」


 すごく物騒な事言ってる。


「夜出てくる蜘蛛は良いものの蜘蛛さんなんだぞー。それに害虫を食べてくださるありがたい存在なんでございます」


「知るか。蜘蛛はみんな悪者だ」


「……確かに最初は蜘蛛怪人って相場が決まってるけど」


 なにかトラウマでもあるのだろう。

 それなら悪い事をした。

 気付かれる前に肩から取ってあげて逃がしておけば良かったな。


「大丈夫。もういない。きっとどこかに行った」


「ほんとう?」


 俺の胸に押し当ててた顔を上げる。

 慰める為に強く頷く。


「……ていうか、いつまで尻揉んでんだよ!!」


「──は!」


 完全に無自覚揉みである。

 柔らかくて、つい。


「マコトってもしかして……〝ショタコン〟?」


「断じて違う」


 ヒーロー物に出てくる敵役女幹部のような大人の女性がタイプである。


 だから両手で身体を隠すな、誤解を生む。


「まあ、気持ちが荒れた時にはまた揉ませてくれ。落ち着く柔らかさだった」


さわやかに変態ヘンタイセリフ飛び出したんだが!?」




 ──そんなコミュニケーションを取り、眠りにつく。

 ありがたいことにコンビニ店員が置いていった毛布が何枚かあった。


「横で寝ないのか? 寒いだろ」


「なにされるか分かったもんじゃないからヤダ! 3メートル以上近づいて来るな」


 猫のような「シャーッ!!」という威嚇。

 やれやれ、随分と警戒されたものだ。

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