2.チェンソー!震えぞパトス

 俺を『ゾンビ』と呼んだその子は、黒髪のポニーテールで焦げた肌をしており、だぼだぼの白シャツに黒の短パン。

 チャームポイントは左目下にあるホクロか。


「そんな説明よりもまずは避ける!」


 振り下ろされるチェンソーを未だ錆びついてはいないスタント技術で避ける。

 服をかすり布生地が舞う。

 玉ヒュンとはこういう状況を言うのだろう。


「──く!? こいつ素早い。しかもなんだその避け方は。……まさか、【歪曲者パバード】」


「ち、ちょっと待て! 落ち着いてくれ。俺はゾンビじゃないから」


 戦う意思がない事を主張する為に両手を上げる。

 それを見て相手も冷静になったのか攻撃の手を止めた。


「ゾンビじゃない?……大人なのに、そんなのありえない」


「『大人なのに』ってどういう」


 子供は不思議そうな顔をして歩み寄る。

 それからぺたぺたと俺の身体を触り出した。

 そして袖をめくる。


「だとしても駄目だね。腕を噛まれてる」


「いや、それは3カ月前の傷だ。もうほとんど塞がってきてる」


「そんなわけない! 噛まれたらすぐにゾンビになるんだから」


「……と言われても、現になってないし。理由は俺が一番知りたいんだけど」


 信じられない。と目を細められる。

 しかし確かに傷が塞がっているのを確認すると諦めたように腕を掴んでいた手を放す。


「まあ、どうでもいいや。とりあえずこのコンビニは僕の隠れ家だから、オジサンは出てってよ」


 誰がオジサンだ。

 ぎりぎり『お兄さん』がまかり通る年齢である。


「いいや。それは出来ない」


「……はーん。僕に出てけって言うんだ。なんて大人げない」


「子供の生存者がひとりでいるんだ。守ってあげるのは当然だろ」


「え?」


 目を丸めて驚かれた。

 変なことを言ったつもりはない。


 それにしても表情がころころ変わる子だな。


「今日から俺が君のボディガードだ。さっきも言ったけどゾンビに噛まれても大丈夫。そもそも襲われない。自由に使ってくれ」


「いやいやいや!! 意味わかんない。どうして見ず知らずの僕を守るのさ。オジサンには何の得もないじゃないか」


「うん、見ず知らずか。俺は鷹岩たかいわ マコト。君は?」


「……金田カネダ カケル」


「よし、カケル。これで俺たちは知った仲だな」


「そんないい加減な!?」


「大真面目だ。それに子供ひとりでこの世界を生き抜くなんて、そんなひどい話があってたまるか。美女じゃなくて悪いけどさ」


 頭を撫でる。

 するとカケルは潤んだ瞳でこちらを眺めていた。

 初めはチェンソーを振り回すヤバい奴かとも思ったが、ただの子供だ。


「よく頑張った」


「子供扱いするなし」


 ぺしっと撫でていた手を叩き落とされた。

 えー……今結構良い雰囲気だったと思うんだけど。

 正義の味方が孤独な子供の心を溶かすような。


「でも、まあ、オジ……マコトが一緒にいたいっていうなら守らせてやらないこともない」


「お、よっしゃ。よろしく」


「……うん」


 拳を突き出すと、照れくさそうに拳を重ねた。


 それにしても、まじまじと見てみるととても整った顔をしている。

 しかも伸びきったシャツから見える鎖骨。

 綺麗な足。


 子供のくせに少し艶っぽいというか、危なさがある。


「もしかして女の子か?」


「違うけど。名前で分かるだろ」


「ごめん。可愛くてつい」


「か、可愛いとか言うなし!!」


 顔をりんごみたく真っ赤にさせた。

 この反応、やぶさかではない?


「なんだよその目は。まさか疑ってんのか。分かったよ! 見せれば良いんだろ見せれば!!」


「見せるってなに──を」


 質問に答える素振りもなく、たくし上げ。

 なにかとは言わないが〝〟。


 正真正銘、オトコノコである。


「な!」


「君には恥じらいというものがないのか」


「男同士じゃん?」


 確かにそうだけども。

 急にそんな奇行を目の前でやられてしまったら心臓が止まりそうになる。


「それはさておき、さっき言ってた『大人なのに』ってのはどういう意味だ。君はゾンビに関して知らされていない情報を持っているとか?」


「僕もよく知らないけど、あのゾンビウイルスは『少年ショタにだけ効果がない』らしい」


「は???」


 ──あまりの突拍子のないセリフで口をポカンと開けてしまった。




「つまり、俺も実はショタだったと」


「それは絶対違う」

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