第1章 スーツアクターと始まりは蜘蛛
プロローグ
俺──
地獄の軍団をばったばったと成敗するその姿に焦がれた。
だけど、大人になったら──時間が経てば〝正義の味方〟なんてものは絵空事だってことに嫌でも気が付く。
仮面のヒーローにも、スーパー戦隊の一員にも、なれはしないのだから。
「さー! みんな。お姉さんと一緒に助けを呼んで。せーのっ!」
「
なのに、俺はここにいる。
張りぼての舞台で日本を守っている。
衣装の中はスーツアクターの先輩たちの汗が染みこんでいるし、なにより真夏ですこぶる熱い。
それでも、拳を振れば、敵を倒せば、少年たちは満面の笑みで応援してくれる。
あまりに大きな声を出すものだから顔を真っ赤にさせている子までいる。
ちゃんと水分補給しなさいよ。
世界は平和は守れそうにないけど、少なくとも小さなお友達の大きな夢くらいなら守ってあげられそうだ。
それがいつか、絵空事になるとは知っているけど、バカみたいに熱い日に汗水たらして正義の味方を演じきった大人がいた事くらいは憶えておいてくれよな。
「お疲れ、マコトちゃーん。やっぱTV版でもスーツアクターしてる若手は動きのキレが違うな」
「お疲れ様です。怪人スゴククセイノさん」
「役名で呼ぶなって」
「でも俺、そのデザインすげー好きですよ。シル○ック星人みたいで。やっぱ怪人は怖くなくっちゃ」
実際、ヒーローショー限定の怪人を見るを楽しみにショーに参加している節がある。
所々予算削減のために使いまわしのパーツはあるもののヒーローショーでしか見れない敵ってのはプレミア感があってすごく好きだ。
「だとしても名前をなんとかしろって感じだよな。手抜きかよって」
「あ、あのマコトさん。もし良かったらこれからふたりで飲みに行きませんか?」
「司会のお姉さん」
「役名!? もうショー5回目なんですからいい加減覚えて下さいよ!」
ごめん。
ヒーロー作品単語はすぐ覚えるくせに人の名前を覚えるのはとことん苦手で。
「お、いいねぇ。最終日だしぱーっと飲み明かそう! えへへ、オジサンすぐ酔っちゃうからお尻とか触っても怒らないでねー?」
「凄く臭ぇのであまり近寄らないでください」
「役名だよね!?」
ヒーローが好きな同僚たちは皆、子供というかいつも騒がしい。
(ひとりセクハラオヤジがいるような気がするが)。
やりがいだってあるし、現実を知ったところで好きな物には変わりない。
俺は、この仕事が大好きだ。
「それにしてもマコトちゃんはモテるねぇ。顔が良いんだしヒーロー俳優にだってなれるんじゃない?」
「俺はアクションしてるヒーローが好きなんで!」
変身ポーズもしてみたいし、特定のヒーローの顔になれるのは憧れがあるが、正直なところスタント以外演技は大根である。
「それにスーツアクターなら色んなヒーローになれるじゃないですか」
「分かる。……まあ、俺はこの体系だから悪役や戦隊イエローしか配役されないんだが」
ぷっくり出たお腹を叩く。
しかも好物がカレーライスなのだから適任としか言えないんだよなぁ。
「ん? なんだあれ」
皆の視線がある場所に集まる。
ゴミ箱横に置かれていたカバンから青い煙が立ちのぼった。
「──っ!?」
「待て! マコトちゃん」
様子を確認しようと近づいた清掃員さんがその場に倒れた。
俺はその場面を見て、煙を出すカバンへと駆け寄る。
煙に変な臭いはするが特に立ちくらみなどはない。
カバンには会社のロゴが付いており、悪の秘密結社の物と言われたらそう見える。
急いで倒れている清掃員さんを安全な場所に投げた。
それから俺はカバンを押しつぶすように地面に倒れ、出来るだけ煙が漏れないようにする。
「これがなにかわかりませんが、落ち着くまで避難して──へ?」
俺と子供たち以外、気を失っていた。
死人のような顔色で、泡を噴いて。
ここだけじゃない、青い煙はそこらじゃうで
──その日から着実に日本は死んでいった。
原因が〝ゾンビウイルス〟だと気付くまで、時間はかからなかった。
もし、この場に〝正義の味方〟がいたってどうにもならない──世界平和の危機である。
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