3.ある晴れた日に
玄関で声がした。
一夏だ。放っておこう。どうせ勝手に上って来る。
中学一年生の、発達心理学でいうところの思春期前期の乙女だが、精神年齢が幼いのか開けっぴろげで色気が無く、健全な成長の証しである反抗期の兆候すら皆無なので、川田くんにとっては少女というより、限りなく人間に近い。ほら、上って来た。
「わ、ビールだ!」
目ざとくジョッキを見つけて楽し気に川田くんを見る。それにしても何という出で立ちだ。普通のスクール水着のうえに大きなローブを羽織って、あとは麦わら帽子を頭にのせただけ、胸はペタンコだ。片手の小さなビニールバッグにも、ゴーグルか、せいぜい耳栓が入っているくらいで、鏡やブラシや化粧品なんて絶対に入っていない。命をかけてもいい。けれど、一夏に会う度に川田くんが思わずプッと吹き出しそうになるのを必死で
「あぁ、困った」
川田くんはわざと顔を
「一夏のせいで飲み損ねたぞ。どうしてくれる」
「わたしのせい?」
「そうとも。今これを飲んでみろ、もし一夏が波にさらわれて溺れでもしたら、いとけなき少女を見殺しにした無責任な酔っ払いの下衆男だと叩かれること必定だ」
「もう一度言って」
一夏は嬉しそうだ。「いとけなき少女」というところが気に入ったらしい。
「クソッ、保冷ポットや冷蔵庫に戻したくらいじゃ気が抜けちまうしなぁ … 」
「じゃ、
口惜しいが、それくらいしかなさそうだ。
川田くんが手早く身支度を整えて居間に戻ってみると、一夏はピンカートンを取り出して首に何かを付けていた。
「わたしが作ったの。見て、何て可愛いの!」
ピンカートンの首にエリザベスカラーが飾られていた。犬や猫が傷口をなめないように首にはめるあれと同じ形だ。薄くてやわらかな透き通った合成樹脂を切り貼りして上手に作ってある。淡いレモン色の地に、お洒落な黒の音符模様が散っていて、サイズもちょうど良い。
「おー、なかなかだ。似合ってる」
正面から見ると、エリマキトカゲかウーパールーパーに似ていなくもない、かもしれない。
うん、そうだ、歩く時、こいつを帽子の前にくくりつけて行けばクールだし、もやもやに悩まされる心配もせずに済む。こいつの運動にもなるし陽も浴びられて一石二鳥だ。
こうして川田くんと一夏はピンカートンを連れて海水浴に出発した。出がけに訪ねた比嘉宅では鉢巻とタスキをまとって戸締りをしていた二人の
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