第8話 怨霊に隙を狙われる

 そんな凄腕のエルフだが、鳥が嫌いだった。

 熊を倒した後、再び指導していたが、一匹の小鳥が飛んできた。

 ビーラはそれを目撃するやいなや、「ト、トトトトリ! トリ! トリぃいいい〜!!!!」と熊を殺したとは思えない声を出して、手で追い払っていた。

 そして、チュンチュンと何処かへ飛びだったのを確認すると、元の凛々しい声に戻って、「さぁ、続きをやろう」と何事も無かったかのように弓矢の稽古を再開した。

 もしかして、エルーラを去ったのも鳥がいたからなのかと、ふと思った。

 けど、どうやって生活していたのだろうとも思った。


 稽古が終われば、モナの時と同様、お風呂に入るのが決まりとなっていた。

 だが、メローナの時とは違って、ビーラは自分の身体を人に見せる事に抵抗があった。

 でも、どうしても一緒の入浴でないと駄目だと訴えると、ある提案をしてきた。

 それは互いの裸を見ずに入浴するということ。

 着替える時も背を向け、浴場に入る時は足元を見る。

 身体を洗ったり湯船に浸かったりする時は距離を空ける。

 ポカポカになったら、足元を見ながら浴場を出て、背を向けて着替える。

 この案に僕は賛成した。

 そして、今日も僕とビーラは互いの裸を見ないよう、背を向けて服を脱いだ。

 背後でドアが開く音がする。

 もう脱衣を済ませたのだろう。

 熊に襲われたから、いつもより汗をかいたのかな。

 僕も裸体になると、慎重にドアを開けた。

 覗き込むように浴場を見る。

 浴槽の方には、誰もいなかった。

(という事は、身体を洗っているんだな)

 そう考えていた時、背筋がヒヤリとした。

 しまったと思った。

 脱衣場に僕独りしかいない事に気づいたからだ。

 すぐさま浴場に飛び込もうとしたが、アイツに首を鷲掴まれて、そのまま引っぱられてしまった。

 ドンッと床に激突して、息が一瞬出来なくなった。

 呼吸が回復したのも束の間、目の前にアイツが姿を現した。

 蛇みたいに長い舌をチロチロさせながら血の目で僕を見ている。

 また息が苦しくなった。

 見ると、アイツが両腕を伸ばして僕の首をしめていた。

 枝のように細いのに馬鹿みたいに力が強かった。

 振り払おうにも、思うように動けなかった。

 当然声も出ない。

 意識が朦朧としてきた。

 ここで、こんな所で僕の人生は終わるのか――と嘆いた、その時だった。

「おい、何してるんだ?」

 この声を聞いた途端、息が吸えるようになった。

 過剰なくらい呼吸をして意識を取り戻すと、目の前にアイツではなくビーラが心配そうな顔をして見ていた。

「全然入ってこないと思ったら、素っ裸のまま床で伸びて……どうしたんだ?」

 僕はどう答えたらいいのか分からなかった。

 本当の事を話しても信じてもらえないので、「ひ、貧血で」とそれっぽい事を言って誤魔化した。

 ビーラは「待ってろ。飲む物を持ってくる」と言って何故か風呂場の方へ行こうとした。

 まさか、温泉を飲ませるつもりなのか?

 どっちにせよ、先に行かせたらさっきの二の舞いだ。

 僕はすぐさま彼女の脚を掴んで、「だ、大丈夫です! 平気ですから!」と立ち上がって、元気に動いて見せた。

 ビーラは少し疑惑の眼を向けたものの「風邪ひくから早く入るぞ」と浴場に向かった。

 僕はまた一人にならないように、急いで彼女の後を付いていった。

 ふと背後でチッと舌打ちする声が聞こえた。

 振り返ろうと思ったが、また捕まるのも嫌なので、気にせずに出た。

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