第7話 怨霊に矢は効くのだろうか
こうして、ビーラが新たな家族の一員となった。
母はビーラに若返りの酒を貰って以来、男遊びをするようになった。
毎晩毎晩大広間でパーティーを集め、イケメンの貴公子や貴族と乱痴気騒ぎをしていた。
どんだけ男に飢えていたんだと内心思いつつも、パーティーが開催している間は隅っこにいるだけでアイツに襲われずに済むので、助かってはいた。
けど、以前に比べて母と関われないのが寂しくもあった。
でも、それを満たしてくれたのは、ビーラだった。
僕と契約上の関係だが、今の状況に同情したのか、そばにいてくれた。
トイレは入り口に立って見張ってくれたし、ご飯を共にしてくれた。
それだけでなく、僕の先生にもなってくれた。
彼女はエルーラで元国防大臣をしていたそうで、武術や剣術はもちろん、弓術にも長けていた。
だが、彼女の鍛錬はモナよりもハードだった。
夜明け前に叩き起こされ、起きなければ夏でも冬でも関係なく冷水をぶっかけられる。
そして、庭でビーラの掛け声と共に布一枚で寒風摩擦をやらされる。
「ハイッ! イチニ、イチニ!」
「イチニ……イチニ」
「ほら、もっと声を張り上げて!」
「イチニ、イチニ」
「そんな弱っちい声じゃあ、一人前になれないぞ!」
「は、ハイィィ……」
そんな感じで、声出しの声量も厳しくチェックされる。
それに加えて、屋外の上半身裸でズブ濡れの身体で布を拭くという行為は、雪山に埋められたのかと錯覚するぐらい寒い。
だから、この時間帯は地獄も同然だった。
しかし、それが終われば、五キロ以上のランニングが待っている。
僕が子供であろうと、お構いなしにズンズンと走らされる。
もし立ち止まれば、ナイフが突き刺さるような叱責が待っているので、鞭をうつように脚を動かした。
それが終わると、朝食を挟み、弓術の稽古が始まる。
さすがエルフなだけあって、弓矢を身体の一部のように扱っていた。
放つ矢は百発百中、的はド真ん中に刺さった。
僕が見様見真似でやっても上手く出来なかった。
「もう少し背筋を伸ばして、そう、腕が少し下がっている。もう少しあげて……」
こんな感じの指導をしてくれるおかげで、少しずつだけど弓の使い方が分かってきた。
的に刺さると、「よくやったじゃないか」と褒めてもらえる時があった。
鞭が多い分、たまにくる飴が甘くて、それ欲しさに頑張った。
ちなみに、アイツは変わらずに遠くから僕を見ていた。
試しに矢を放ってみたが、ビーラに怒られるだけで、何の成果も得られなかった。
そんなある日、こんな事があった。
弓の稽古をしている最中、突然激しい物音がしたかと思えば、上空から何かが落下した。
ビーラが慌てて僕を抱きかかえて飛んだ。
それは僕らが立っていた場所に落下した。
砂埃がたって、ある程度おさまると、落石物の正体が分かった。
熊だった。
体長は二メートルはあるだろか、赤茶色の毛をした熊が口から血を流して伸びていた。
なぜこんな大きな生物が空から落ちてきたのか、理解できなかった。
ビーラは「もしかしてアイツか」とポツリと呟いた。
すると、けたたましい咆哮が聞こえた。
僕は耳を塞ぎながら声のした方を見た。
立っているのもままならないくらい地響きがした。
ビーラはそんなのを物ともせず、凛としていた。
彼女が見つめる先には、木々が生い茂っていた。
それが悲鳴を上げるかのように揺れ、引き裂くように現れ出たのは、五メートルは越えるであろう、青毛の熊が現れた。
いや、熊なのだろうか。
顔は熊っぽいのだが、首から下がマッチョみたいに
普通は四足歩行のはずなのに、巨人みたいにズシンズシンと立ったまま向かっていた。
「やはり、こいつか。ゴリマッチョベア」
ビーラはキッとそいつを睨んだ。
ゴリマッチョベア――確かこの世界特有の動物だ。
脅威のパワーとスピードを誇り、熊界の中では最強と言われている。
ゴリマッチョベアは、蒼き眼で僕らを見ると、咆哮した。
それは巨大な風となって、僕らに襲いかかる。
僕はビーラにしがみつくのに精一杯だった。
ビーラは一度も姿勢を崩さずに、弓を構えた。
「絶対に動くな」
ビーラの声に殺気を感じた僕は、さらに強く彼女の腹にしがみついた。
ゴリマッチョベアはダッシュした。
その勢いは凄まじいこと。
大きな岩が突進しているかのようだった。
僕はビーラを見守った。
彼女は弦をギリギリまで張りつめていた。
迫るゴリマッチョベア。
もうあと一、二歩で僕らに届きそうだ。
その時、彼女の手が離れた。
ヒュンと風を切ったような音がしたかと思えば、鼓膜が破れるくらいの叫びが聞こえた。
ゴリマッチョベアの頭が大きく仰け反り、そのまま仰向けに倒れてしまった。
よく見ると、眉間らへんに小さな穴が空いていた。
その周辺の木に何かが刺さっていたので、近づいてみると、血で覆われた矢だった。
(凄い。一発で仕留めた。しかも貫通して)
僕はビーラを見た。
彼女はホッと安心したような顔をしかめすると、熊の所に近寄った。
グルッと一周して死んだ事を確かめると、そいつの腕を掴んだ。
グイッと上げたかと思えば、たちまち熊の巨体が持ち上がった。
何と片手で五メートルの熊を持っているのだ。
僕は開いた口が塞がらなかった。
すると、ビーラは僕を見て、「今日のディナーは熊尽くしだな」と微笑した。
僕は「ハハ」と笑う事しかできなかった。
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