●第四十五話● もこもこ、もこもこもこもこもこ!


(……嫩葉わかばが、泣いてる)


 あの強がりな少女が。


 その涙を見て――……、晴矢ハルヤは〈イン・ジ・アイ〉の無声通話をやめ、自分の声で彼女に呼びかけることにした。



「なあ……、嫩葉。聞こえるか? ――つれえよな。生まれる前から人生が決まっちゃってて、その通りに生きなきゃいけないなんてさ。そんな風に生きたいなんて、言ってないのに。今まで、誰も知ろうともしてくれなかったんだろ?

 嫩葉が、どういう女の子かってことをさ」



『……オマエになにがわかるっていうんだよ』


「わかるよ。……だってさ、俺もそれ、おんなじだもん。おまえとさ」


『でも、オマエは、学者家系で、双子の兄貴もいて……』


「関係ないって、そんなん。聞けよ。俺ん家だって、父さんも母さんも、どっちもの祖父ちゃんも祖母ちゃんも皆鬼のように研究命で生きてて、それ以外のことはちっさいことなんだ。

 たいしたことない家だけど、おまえが考えてるよりずっとキツイよ」


『……』


「だけど、俺はそういうの、まわりより特別キツイとは思ってない」


『なんで』


「だって……。たぶんだけどさ、そんなに他の奴らも変わらないんじゃないか? 男とか女とか、関係ないんだよ。生まれなんて誰も選べないし、自由な家に生まれたって、なにが起きるかなんて誰にもわからない。そういう中で時には泥水飲んだりしながらさ、順番待ちして、頭低くして被弾を避けて、でも時々避けきれなくてがっつり抉られて。現実ってなんなんだろって、人生ってなんだろって、思うよ。だけど――。

 そういう時はさ、言ってくれよ。俺にさ。だって、俺ら、友達だろ? あんなにたくさん部屋で話したじゃん。これからだって俺と話せばいいし、どうしてもつらかったら逃げればいいんだよ。逃げる手伝いくらいなら、俺がしてやれるから」



「……ハル……!」



 嫩葉が、わずかにこちらを振り返った気がした。

 しかし、もう遅かった。嫩葉わかばの手は、再度〈境界の鏡ゲート・ミラー〉に伸ばされていた。さっき角度を変えたのと向かい合う、もう一枚の鏡に。


「―—‼」


 直後、嫩葉の全身を人魂の大群が襲う。〈境界の鏡ゲート・ミラー〉から、さっきとは比べ物にならない恐ろしいほどの数の人魂たちが召喚されて、こちら側へと現れたのだ。

 それは、まるで、夏の盛りの入道雲だった。

 たった一度瞬きをした後には、嫩葉の小さな姿は、人魂の群れの中にまぎれて見えなくなっていた。


「わっ、嫩葉……。嘘だろ、おい、嫩葉‼」


〈イン・ジ・アイ〉で、何度も嫩葉の名を呼ぶ。

 けれど、嫩葉の応答はなかった。


「嫩葉‼」


 真っ白な不確定物質の渦に巻き込まれた嫩葉を呼んで、晴矢は駆けた。そして、そのまま人魂たちの巨大な群れに突っ込む。


「……⁉」


 それは、まるで本物の雲のような、摑みどころのない感触だった。

 人魂たちの隙間はほとんどなくなって、もこもこと密着していく。人魂たちの塊は、どんどん密度を上げていった。あっという間に内部から弾き出され、晴矢は屋上の床に転がった。


 すぐに顔を上げて、晴矢は絶句した。

 

 もうすでに――幽霊ゴーストたちは、群れ・・ではなくなっていた。それは、互いを分ける境界が消失するほどに密着し合い、巨大な一体の人魂となった。


『ハルちゃん、これって……!』


〈イン・ジ・アイ〉に、深羽みはねからの通信が入る。呆然と頷き、晴矢は深羽に答えた。


「綿飴? これって、綿飴男コットンキャンディ・マン……、だよな……」

 あのパクリ要素満載な謎のB級ホラー映画の。


 晴矢たちの前でもこもこ合体し、巨大な身体を立ちはだからせたそれは、柔らかそうなふわふわの体を持った――紛れもない、綿飴男コットンキャンディ・マンだった。


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