●第四十話● 岩子さんの友達
しかし、深羽によって討伐されたのだろうか。あまり数は多くなかった。
晴矢は、〈イン・ジ・アイ〉で、深羽に語りかけた。
『―—深羽、俺の位置を確認してくれ。俺もカグヤ・タワーに来た。
一緒に旧校舎へ行こう』
……しかし、少し待ってみても、カグヤ・タワー上階にいるらしい深羽から返答はなかった。
深羽の〈イン・ジ・アイ〉の状態をもう一度確認し、晴矢は目を見開いた。
「交戦状態、だって……⁉」
それも、心拍数や脳内物質の分泌量が異常に高い。
――かなり強い敵と戦っている証拠だ。
矢も盾もたまらず、晴矢は急いでエア・チューブへと跳び乗った。
深羽の位置情報を頼りに、カグヤ・タワーの大図書館へと駆け込む。
その途端、晴矢は息を呑んだ。
「……⁉」
大図書館に収められた無数の本が無残に破られ、頁が紙吹雪のように舞っていたのだ。……まるで、今この
轟々と唸るような音を立てて紙片が舞い飛ぶ中、晴矢は深羽を探して走った。
「深羽! どこだ、深羽⁉」
猛烈な紙吹雪を掻い潜って、やっとのことで見つけた深羽の元へと駆け寄ると、深羽は真っ赤な顔をして呆けていた。
一応大剣は握り締めているのだが、その切っ先は床に触れている。
「どうしたんだよ、深羽!」
「あ……、ハルちゃん……。わ、わたし、人魂たちを操っている方を見つけたんです。
で、でも、あの方……っ」
そこまで言うと、深羽はポーッと真っ赤になって俯いてしまった。
特に怪我もなさそうなのに、〈イン・ジ・アイ〉が示している彼女の心拍数は異様に高いままだ。
すると、紙吹雪の中から不気味で陰気な笑い声が聞こえてきた。
「――うふ、うふふふふ。聞いてた通り、とっても純情なんですねえ。
桜ノ宮女学院の
はっとして目を上げると、紙吹雪の向こうに、なにかキラリと光るものが見えた。
武器かと思って〈イン・ジ・アイ〉で画像分析をかけてみると、――それは、もさったい黒縁のビン底眼鏡だった。
深羽が、懸命に晴矢の裾を引いてきた。
「ハルちゃん、気をつけてください! あ、あの方、あの方……!」
「……?」
「へ……、変態さんなんですぅっ」
「……はっ⁉」
晴矢が呆気に取られていると、紙吹雪の向こうのビン底眼鏡がまた笑った。
「うふふふふ、うひっ、うひひひひ。はい、かわゆいかわゆい中君から変態ワードいただきましたー。
最高の褒め言葉ですね、今夜は眠れなさそう♡」
驚いていると、紙吹雪を巻き上げている風がふいに止んだ。
そこに現れたのは――、べっとりと脂っぽいボサボサの長い髪にたっぷりと紙吹雪を貼りつけ、ノートにペンを走らせている小太りの少女だった。足下には、やけに古めかしい手押し車のようなものが踏みつけられている。
さっき文献を調べている時に、源氏物語絵巻で目にした――確か、あれは小型の牛車だろうか? いや……、違う。
「ふふふふ。おこんばんは。ワタシがウワサの岩子ちゃんのお友達、
……ああ、ここは噂通りの素晴らしい書庫ですねえ。古今東西の麗しの書物に溢れています。齢千年を余裕で越しているワタシとしたことが、今日までここに足を踏み入れられなかったのは、深く深く、不覚不覚。……なあーんちゃって」
元は値の張りそうな、年季が入りまくってボロボロの錦の着物の胸元を大きくはだけ、ぽっちゃりボディを見せつけた文車妖妃は、目をグリグリめぐらし、怪しい笑みを浮かべた。
「お……、おまえが、岩子さんの友達ぃ?」
文車というのは、大昔に平安時代の京の内裏や邸宅なんかから書物を運び出すための手押し車のようなものをいうらしい。その文車に積まれた恋文――つまりはラブレターに込められた人間の思念が具現化したのが、この【
人魂の渦を配下に収め、岩子さんの友達だという文車妖妃は不気味に笑っている。
晴矢は、その不気味な《人類の敵》に詰め寄った。
「文車妖妃っていったか! おまえが、この大量の人魂を操ってるんだな?」
「ふふ、うふふふ。いえーす、ざっつらいとでえーす。ワタシ、こう見えてお友達が多いのでえーす。この敵陣地まっただ中にまでなにも考えずに一緒に来てくれるザッコいあの人魂どもは、
中には、あなたと仲良しだった新入りの子もいますよぉ」
「……っ、おいっ……!」
察した
「……ええと、なになに? 『神埜先輩の活躍を知って、ファンになってしまいました。よかったら、あたしと友達に――』」
「やめんか‼」
読み上げられた晴矢宛の私信に、顔にカーッと熱が集まる。
それは、カグヤ・タワーに乗り込む直前に目に飛び込んできたのと同じものだった。
以前晴矢が中等生からもらった、ラブレターの一文である。
そう――つまり、少女たちがラブレターに込めた思念がアイツのせいで生霊と化し、縦横に校内を暴れまわっていたのだ。
次の瞬間には、一年A組の女子どもがまわし読みしていた、例のイケない雑誌の紙面が視界に入ってくる。……確かにあの雑誌には、何世代にも渡る桜ノ宮女学院の少女たちが抱いた憧れという名の執念が染みついている。
「い、いい加減にしやがれ、この《人類の敵》め――!」
晴矢が文ちゃんに跳びかかろうとすると、憎々しくも奴はそれをヒラリとかわした。
「うふふふぅん。動揺が顔に出まくってますねえ。
コレはコレで面白いですが、それよりも、貴方たちには気をつけなければならないことがあるはずですよぉん」
「は?」
「ワタシがなぜここにいるか、ということでえーす。ワタシ、
ということは、岩子さんは、もしかしなくてもコイツの仕業と知っていたということか。
――《人類の敵》側から寝返った奴だから、信用ならないとは思っていたが、これじゃほとんど黒幕もいいところじゃないか!
「だけど、岩子ちゃんだけの協力じゃ、とってもあの守りの固い《人類の敵》居住区から逃げ出すことなんかできませーん。貴方たちが忘れちゃならないのは、ワタシが《人類の敵》居住区から脱走できた、という事実でえーす。
もちろんカラクリは、【人間側の裏切り者】の存在なのでえーす」
「!」
その言葉に、晴矢は目を見開いた。
岩子さん同様に、こちらを混乱させようという戯言だろうか。
それとも……。
晴矢は、生じてから千年以上も経過しているらしい文ちゃんをにらみつけた。
「……おまえ、なにが目的なんだ?」
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