●第三十九話● 独りぼっちの、戦い



 桜ノ宮女学院中で警報がうるさく鳴り響き――、台風にでも見舞われたかのような強風が轟々と吹き上げている。



「くっ……! なんて数だよ!」

 


 旧校舎の周囲は、遠目からは真っ白な炎が激しく燃え盛っているかのように見えた。

 あれが全部、〈境界の鏡ゲート・ミラー〉によって集められた幽霊ゴースト――人魂なのだ。

 

 晴矢ハルヤ深羽みはねも、すでに駆除用作業着に着替えていた。

 

 建物の外には、もう誰の姿もなかった。

 盾羽たてはの意向に従っているのだろうが、薄情なことだ。



「結局、物理攻撃にモノを言わすしかねえのかよっ」

 あの信用置けない女幽霊ゴースト岩子いわこさんのヒントからは打開策を摑み取ることができなかった晴矢たちは、すぐにも人魂たちが集まっている旧校舎へと向かった。


 二手に分かれて、晴矢たちは旧校舎をぐるりとまわり、すべての出入り口を確認していく。

 ……が。


「ダメだ! やっぱり、正面も裏口も、全部内側から固まってやがる……!」


 無理やり蹴破ろうにも、いくらやっても扉はどれもビクともしなかった。

 おびただしい紙状の人魂たちが寄り集まって、頑強に塞いでいるのだ。


 舌打ちをして、晴矢は向こう側からまわってきた深羽みはねと合流した。

「そっちはどうだった⁉」

「無理です。とても開きません!」


 晴矢は、〈イン・ジ・アイ〉で昇降口に集まった人魂たちの抵抗能力を推定した。

 人魂の数が特定できないから、推定精度は非常に悪い。

 しかし。


「……なんて硬さだよ! どんだけの数の人魂が集まってるんだ⁉

 これじゃ、俺たち二人で力を合わせても、とても入れそうにないな。どうする……」


 その途端だった。

 紙状の人魂たちが刃のように鋭く襲いかかってきて、何とか防ごうとしたところで、――ふいに、見覚えのない古風な薙刀が振るわれた。


 晴矢ハルヤたちに向かって襲いかかってきた紙状の人魂たちが、薙刀によって次々と落ちていく。

 人魂を倒した薙刀の持ち主を見て、晴矢は目を見開いた。


「……⁉ おまえ……」



「――ハル‼ 深羽みはねも、無事か⁉」



 凛とした声が響く。

 そこには、若葉色をした和服のような駆除用作業着に身を包み、ツタをぐるぐると巻いた柄を持つ薙刀を凛々しく構えた少女が立っていた。

 嫩葉わかばだ。

 彼女のまわりには、二十人以上の女子たちが集まっていた。


 目を見開く――全員、一年A組の女たちだった。


「あ……、おまえら……!」


「ハル、深羽! 嫩葉に言われて、わたくしたち皆で話し合ったんだけど、やっぱり二人を見捨てるなんて、よくないことでしたわ」

「本当にごめんなさい。同じクラスの仲間なのに、生徒会ににらまれるのが怖くって……」

「集まった人魂たちをすべて駆除できれば、お咎めはないのでしょう?

 なら、A組全員で力を合わせて頑張れば、きっとなんとかできますわ」



 A組の少女たちが、口々に励ましの声を上げた。


(……A組、全員……?)


 だけど、一人、……いない生徒がいた。


 だが、そんなことを言っている場合ではなかった。

 今この間にも、人魂たちの襲撃は続いている。

 奴らは、まるでこの旧校舎へ晴矢たちが攻撃を仕掛けてくるのを読んでいたようだった。


「くっ……! キリがないな……!」

 

 A組の生徒が総がかりで倒しても倒しても、人魂たちは次から次へと〈境界の鏡ゲート・ミラー〉から湧き出してきた。

 やはり――蛇口を閉めなければ、どうしようもない。


「ハル! なんとかこの旧校舎の中に入れないの?」

「ダメなんだ! 旧校舎の出入り口は全部塞がれてて、とても入れない……!」

「そ、そんな……! このままじゃ……っ」


 女子たちの間に、悲鳴のような声が上がる。

 すると、その中で一人冷静に旧校舎を見上げていた深羽が、言った。



「……カグヤ・タワーからなら、旧校舎の屋上へ降りられるかもしれません」

「え……?」

 

 深羽みはね晴矢ハルヤにだけ伝わるように、〈イン・ジ・アイ〉の個人ルームで、自分の駆除用作業着の『秘密』を教えてくれた。



『――ハルちゃん。言っていませんでしたが、わたしの駆除用作業着、〈ベニスカジャノメ〉が持つ特能は、……【飛行】なんです」



「……!」



 息を呑んでいるうちに、無数の思考が脳裏を駆けめぐる。

【飛行】――道理で、ブルー・スライムとの模擬戦で彼女を受け止めたあの時、深羽の体が羽のように軽かったはずだ。


 もっとも大事な秘密の一端を晴矢に伝えた深羽は、そっと微笑んだ。


『心配しないでください。この距離なら、たぶん……』


『だけど、深羽! カグヤ・タワーから降りるって……、大丈夫なのかよ⁉』


斎院さや家の家訓は、【どんな時でも最善を尽くすべし】――です。

 ハルちゃんは、どうかここで皆と待っていてください』


 強く頷き、深羽は一人走り出した。



「—―ま、待てよ、深羽! 俺も行く!」


 慌てて晴矢も深羽の後を追おうとしたのだが、タイミング悪く、人魂たちの大群が、またもこちらへ襲撃してきた。

 急いで攻撃をかわし、こちらからもやり返しているうちに、深羽の姿はカグヤ・タワーへと消えてしまった。


 無数の人魂たちが代わる代わる襲いかかってきて、晴矢は幾度も専用武器の長剣――ブルー・ブラントを振るった。

 その瞬間だった。

 焦るあまりに討伐し損なった人魂の紙片が、すっと晴矢の目の前をよぎった。



「……⁉」



 晴矢は、大きく息を呑んだ。



 そこには――何か見覚えのある・・・・・・・・文字が書かれていた。

 その丸っこい文字列を読んで、晴矢ハルヤは目を見開いた。


(え……⁉ これは……、これって……‼)

 ……完全に盲点だった。

 晴矢ハルヤの目に飛び込んできたその文字は――。




『……神埜じんの先輩の活躍を知って、ファンになってしまいました。よかったら、あたしとお友達に……』




(……これは……、つまり……)

 思考が駆けめぐり、晴矢ハルヤはこの陰謀の真相を知った。

(ってことは、この人魂は……。……そうか! あの女幽霊の岩子いわこさんのヒントの出し方。あれは、完全に――)


 ミスリード!

 岩子さんが出した二つの可能性の中に、『正解』はなかったのだ。


 あの女幽霊ゴーストはやはり、《人類の敵》なのだ。

 急いで晴矢ハルヤは、〈イン・ジ・アイ〉に人魂どもに関するある分析を指示した。


 ――回答は予想通り。


 深羽みはねの直感通り、この人魂たちは、死霊のみで構成されているわけではなかった。


 生霊・・が混じっているのだ。

 それも、相当数。

 そして、その生霊が形作っている姿は【紙】――手紙! 人の書いた手紙だ!



 死霊というならともかく、〈生霊を生じさせた手紙を操る異能持ち〉の人外となると、候補は絞られてくる。



〈イン・ジ・アイ〉に問いを投げると、一発でその名がわかった。

 それは、深羽の部屋で見た名前だった。



 晴矢ハルヤは、死霊と生霊の混成集団である人魂たちを攻撃しながら、カグヤ・タワーへ向けて血路を見い出した。





 〇




 その時――鈴耶月穂すずやつきほは、一人思っていた。



(――うぅ……。ハル、助けに行った仲間にあたしがいないの、怒ってるかなぁ)

 


 月穂は今、旧校舎の内部・・から外を見下ろし、震えながら両手を握りしめていた。



 ……それとも、ハルは、月穂がいないことになんか、気づきもしないかもしれない。

 クラスメイトのキラキラしたお嬢様達の中にあっては、月穂みたいな平凡な少女は埋もれる一方だ。


 でも、ハルは月穂つきほとは違った。

 誰も彼もが、今ではすっかり、ハルには一目置いている。

 もう、ハルには月穂なんか必要ないみたいだった。



(だって、ハルには深羽みはねがいるもんね……)



 ハルが来る前まで、月穂は、クラスで一番、深羽が好きだった。

 憧れ……、いや、恋にも近い感情を抱いていたかもしれない。

 嫩葉わかば盾羽たてはは少し怖かったけれど、深羽はいつでも、月穂みたいな平凡な少女にも優しかった。



 ……だから、最初は月穂のようにぽっと浮いた存在だった、ハルの役に立ちたかった。

 深羽が、かつて月穂にしてくれたように。


 ――だけど、ハルはやっぱり、月穂なんかよりも、深羽の方を頼りにした。


 当たり前のことなんだけれど、ハルが深羽より月穂を選んでくれるなんてことがないのは、わかりきっていたことなんだけれど、……惨めになった。



 深羽の隣にいるハルが羨ましくて、ちょっとだけ憎らしくて。


 そして、ハルの隣にいる深羽みはねも羨ましくなって、……ちょっとだけ憎らしくなって。



(あたし、あたしだって、ここにいるのに……!)



 時々、月穂つきほは無性に叫び出したくなった。

 けど、叫んだって、どうせ誰も聞いてくれないんだけれど。


 月穂は、自分の小さな体を自分できゅっと抱いた。



 ……これから先のことを思うと、ブルッと身が震える。

 


 月穂は、ハルとも、深羽とも、嫩葉とも違う。


 地味で目立たないし、誰も見てはくれない。


 だから、今だって誰も一緒についてきてはくれないし、月穂がどこにいるか心配してくれるどころか、どこにもいないことに気づいてくれる子すらいないかもしれない。


 やらなくてはいけないことが目の前にあるとしても――、その時たった一人だったとしても、……自分だけを頼りに進まなくてはならないのだ。



(はうぅ……。こ……、怖いよぅ。……あ、あたし、もしかして、物凄い間違ってる……?)



 不安だった。

 自分はのろまだから、しょっちゅうまわりとズレてしまうし、素っ頓狂な間違いを犯すのだ。



 それでも、――今は行かなくてはならない。


 

 嫩葉わかばたちがハルや深羽みはねの援護作戦を立てている間に、月穂つきほは駆除用作業着と武器をカグヤ・タワーから持ち出した。……装備室のセキュリティを、生徒会役員の嫩葉わかばが解除しているのに便乗して。



 そして、幽霊ゴーストたちが活発に行動しない昼のうちに、この旧校舎へと忍び込んだのだ。

 鈴耶製作所珠玉の逸品、駆除用作業着『ルーナ』の特能、【物質透過】を使って。

 


 月穂は今、屋上へと続く階段をゆっくり登った。

 独りぼっちで――……。





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ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ネット環境で事故がなければ、今週も四回以上は更新しようと思っておりますので、よろしくお願いします。




 ……以下、今話の雰囲気を壊しかつ18禁要素漂うお知らせなので、苦手な方は読まないでください!





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 先日近況ノートでも書いたのですが、本作を最後まで更新しましたら、主人公×メインヒロインのおまけ18禁パラレルストーリーを新規で書くか検討中でござります…モチベーションが上がる嬉しいことがあれば!


 たとえば、★が千越えとか…(現状15)、♡が総合千越えとか…(現状84)。

 この作者の趣味に走った地味作に★や♡をくださった奇特な皆様には感謝しかないのですが…!!

 

 こんな具合なので、そんな奇跡は起こらないと思うのですが、万が一そのくらい伸びる僥倖があったら、おまけパラストを書けという神のお告げと思って念入りに書かせていただきます! へっへっへ…、変な作者の変なたわごとと笑って受け流してくだせえ!


※現状鑑みると僥倖の基準がさすがに天空突き抜けて異次元すぎるので、告知なくこの基準は変わる可能性がございます…すべてにおいてたわごとで申し訳ねえ!

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