●第三十八話● タイム・リミット


「時代を感じる映画だなあ……」


 今回の騒動に該当しそうな人外を扱った無数の書物を漁りながら、同時に、動画記録媒体にも当たらなければならない。


 深羽の寮部屋にあるモニターで今流しているのは、往年の名画『ゴーストバスターズ』を丸パクり……いやいや、インスパイアしまくった、謎のB級ホラー映画だった。

 今はもうクライマックスのようで、マシュマロマンならぬ、巨大な綿飴男コットンキャンディ・マンが暴れている。ふわふわとした真っ白な綿飴の身体を持つその巨人は、ニューヨークの街を踏み散らかして蹂躙していった。

 ……マジで本家へのリスペクトが過ぎて、パクリとしか思えないようなモンスター造形と物語展開である。



 晴矢ハルヤは肩をすくめた。

「このB級ホラー映画、俺も観たことある。公開されてもう二十年以上も経つんだな」


「そういえば、この綿飴男コットンキャンディ・マンの映画、初等部の頃に皆で観たことがありました。ほら、ラストでヒロインが綿飴男コットンキャンディ・マンに食べられかけちゃうでしょう?

 わたしたち、その頃はまだ初等部の一年生だったから、怖くて皆で泣いて……」


 そういえば、幼い晴夏ハルカが観て泣いたのも、この謎のB級映画だったっけ。


「わたし、綿飴男コットンキャンディ・マンに追いかけられて食べられちゃう夢を何度も見ました。

 皆もそうだったみたいで、怖い夢を見た話も次の日には心霊体験みたいに語り合って盛り上がったんですよ」


「ちょっとしたトラウマ、的な?」

「ですです。綿飴男コットンキャンディ・マンって本当に強いんだなあって思ってました」



「……しかし、これがノンフィクションだった可能性があるとは、とても信じられんな」



 地上に突然現れた《人類の敵》達は――、皆既知の存在だったのだ。

 そして、《人類の敵》は、人類側に屠られても、その死体は後には何も残さず塵と消える。


 そのため、確固たる証拠エビデンスは、この現代に至るまで何も残っていないが――。


 書物やネット、動画や、果ては石板などの古い記録媒体に残る、架空の存在と思われていたすべてのモンスターが、岩子さんが示唆した通りに、過去にこの地球の人間世界へと現れたという可能性がある、ということが、《人類の敵》を研究する学会で、最近言及されるようになってきたのだ。


 ――過去、『現実に遭遇したことがある』からこそ、我々人類は、あれらモンスターを、脳内に描き、想像できたのではないか……と。


 いや、もっとストレートに、実際に遭遇したことがあるから、その事実を記したという可能性すらあった。



 現に、様々な専門機関が、すでにこの仮説をもとに研究を始めている。



 もちろん、こういうのの作者が、直接実体験でそれ・・を経験したとは限らない。


 けれど、人間には集合意識というものがある。

 日本の田舎の風景を見ると、田舎で暮らしたことなんかないのに無性に懐かしくなる、アレだ。


 その集合意識からの働きかけで、具体的な遭遇経験がなくても、こういった空想の産物に《人類の敵》の手がかりが現れる可能性は十分にある。


 つまりは、晴矢たちは今、フィクション・ノンフィクション、エンタメ・学術の枠に関わらず、ありとあらゆる今回の騒動の犯人となり得る《人類の敵》に関する情報を探さなければならないのだ。



 ……だが、如何せん、当たらなければならない情報の量が多すぎる。

 データ化されているものに関しては、〈イン・ジ・アイ〉でも検索をかけているのだが、それだと見落としが怖い。個別に丁寧に当たるうちに時間が無為にすぎ、じりじりと焦りが募った。



 〇



 晴矢が眉間を揉んでふーっとため息をついていると、深羽がふと呟いた。


「……源氏物語に出てくる女性の六条御息所ろくじょうのみやすどころが生じさせたのは、生霊・・なんですよね」

 深羽が開いているのは、ちょうど源氏物語絵巻だった。


生霊いきりょうっていうと、生きてる人間が生み出す怨念みたいなののこと? なら、今回のとは関係ないと思うけど」

「でも……、昨夜暴れていた人魂の形、変だと思いませんでした?」


 深羽みはねが首を傾げた。

「なんていうか、こう、御札みたいな平べったい、紙状の形をしたものが多かったように思います」


「ああ、そういえば……」

 晴矢は、ちょっと考え込んだ。

「だけど、今回集まったのに生霊が混じってるとしたって、操ってる奴がいるんだろ? なら……」


「……生霊だとすれば、リッチにもネクロマンサーにも操ることはできません」

「……」


 晴矢は、顎に手を当てて昨夜の様子を思い出した。

 確かに、堂々仲間の情報をリークするあの岩子さんは、情報源としては限りなく怪しい。彼女が信じるに足るかどうかは、晴矢としては大いに疑問が残るのだが……。


 気がつけば、映画は終わって、モニターは暗くなっていた。

 モニターのスイッチを消して、晴矢は呟いた。


「紙、か……」


 校内に現れた、あの紙状の《人類の敵》。

 白いものが多かったが、何か模様のようなものが入った奴もいた。



 考え込むうちに、ふと、晴矢は眉間に皺を寄せた。

(あれ……? 何だっけ。あれって、見たことがあるような……)


 それも、この桜ノ宮女学院では、しょっちゅう見る。

 晴矢自身、ここ最近、身近で手にした気がした。

 何か思いつきそうになって、晴矢は腕組みをした。



(人魂に入った模様は、黒が多かったな……。白地に、黒いボーダーみたいな)

 ――まるで、文字、いや、文章のような……。



 すると、深羽が言った。

「そういえば、死霊術には自動筆記というものもあるそうです。めずらしい例だと、人魂が小説を書いたという話もあって」

「小説か……」


 一瞬、あの人魂の山がすべて小説の紙幅だったような錯覚に囚われる。

 ふと、晴矢は、ずらりと並んだ岩子いわこさんの生前回顧録を眺めた。


「確か、これって岩子いわこさんの友達が書いたんだよな? そいつも《人類の敵》なんだろ? そいつとは、会ったことあるの?」

「いいえ」


 晴矢は、岩子さんの生前回顧録を、あらためてパラパラとめくった。

 やたらと生き生きした筆致の挿絵にはしっかり岩子さんの姿態が描かれていて、第三者的な視点を感じる。

 さすがは人外ということか。

 そんなところまでよく見えるなというようなところまで……。


「あれ? ここに作者名が書いてあるな。えーと……」



 そこには、ペンネーム――『文車妖妃ふぐるまようひ』と書いてあった。

 

 文車妖妃ふぐるまようひ

 どこかで聞いた名前だが、果たして、いったいどこで……?



「なあ。これって……」


 すると、そこでふいに警報が鳴った。

 はっとして顔を上げると、深羽みはねが頷くところだった。



「タイムリミットです。太陽が完全に沈みました。――集まった人魂たちが、暴れ出す時間です」


 深羽の言葉通りだった。

 窓の外を見れば、恐ろしい数の人魂が旧校舎のまわりから舞い上がり始めていた。




 


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ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もう物語は七割方進んでいるのに恐縮ですが、今更本作の紹介文を加筆してみました。



で、あらためて執筆当時聞いていたポルノの「ネオメロドラマティック」を聞いてみたんですが、やっぱり名曲……!


「最後まで付き合おう 僕が果てるまで ~ 行こうか 逃げようか 君が望むままに」


この辺鬼リピートしながら、第三十二話くらいからエンドまでを書きました!

ので、この先も読んでいただけたら嬉しいです!!

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