●第三十七話● 手がかり探し



 岩子さんと別れると、すぐに晴矢ハルヤたちは、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの中央を貫く超高層ビル、通称カグヤ・タワーへと向かった。


 岩子さんの示唆を受けた晴矢たちが目指したのは、例の――大図書館だった。


 壁に並ぶ巨大な効果ガラス窓から、晴矢は例の旧校舎の方を見た。

 まだ日があるが、旧校舎の周囲にだけは、人魂が無数に蠢いていた。

 カグヤ・タワーの大図書館からだと案外近くに思える、今は禍々しくなってしまったその旧校舎を横目に眺めながら、晴矢は呟いた。


「集める資料は、雑魚を従えることのできる力を持つ高位の《人類の敵》に関するものと、それからネクロマンサー関連か……」


〈イン・ジ・アイ〉を図書館サーバーにつないで、晴矢たちは手分けをして資料を集めて駆けまわった。

 ……しかし、この広大な大図書館を二人でまわるのに、晴矢達はずいぶん時間を食ってしまった。


 ふと空を見上げれば――、いつの間にか、もう太陽がかなり傾きつつある。

 いつの間にかすでに、今日の授業時間は終わっている。時刻は、もう夕方に近い。


〈イン・ジ・アイ〉によると、今日の日没時刻は六時三十八分。

 つまりは、あと数時間で、再び人魂たちが暴れ出す。


 タイムリミットは、刻一刻と迫ってきていた。



 〇



 女子寮へ帰っていく女生徒たちをかきわけて、図書館で資料を浚った後で深羽みはねの部屋に入って、晴矢は訊いた。


「――で、リッチだとか、そういう伝説級のバケモンが、本当にいたと思うか? 深羽みはね

「わかりません」


 手にした書物のページを手繰る手を止めずに、深羽は言った。


 晴矢も深羽も、〈イン・ジ・アイ〉に表示されている日没時刻までの残り時間に追われるようにして、集めた資料の山を漁り続けていた。


「……やっぱりか。そんな大物がいたら目立ちそうなもんだけどなあ」

「大物なら、隠れるのも上手なのかもしれません」


「どうだろうな……。

 ……しかし、あの女幽霊ゴーストの言うことは、イマイチ信用できねえんだよな」


 ガリガリと頭をかいて、晴矢ハルヤは部屋の中を眺めた。



 深羽が嫩葉わかばと使っているこの相部屋は、綺麗に色分けされていた。


 ピンクとグリーンがそれぞれ基調になって、深羽の持ち物は可愛らしいのが多いのに対し、嫩葉のは素っ気ないシンプルなものばかりだ。

 たぶん、精いっぱい男っぽさを演出しようと頑張っているんだろう。

 ……しかし、それら小物にちっさいサンリオのカエルとか四葉のクローバーとかがくっついているのは、うっかりミスか。



 すると、ふと、本棚に目が止まった。

 何やら意味深な背表紙がずらりと揃っている。

 やたらと重厚で古式ゆかしい装丁だが、そう古いものではなさそうだ。


 晴矢が興味を引かれて眺めていると、気がついたように、深羽が言った。

「あ……、それが岩子いわこさんの生前回顧録です」

「マジで二十巻もあるんだな」

「はい。あの、中は……」


 深羽みはねが、なぜか慌てたように晴矢のそばに来た。

 そして、袖をちょいちょいと引く。


「これ……、わたし一人じゃ読む勇気がなくて……。

 もしよかったら、ハルちゃん、今度一緒に読んでもらえませんか?」

「うん? 別にいいけど……」


 一冊一冊が分厚い生前回顧録初巻を開いてみて――。


 晴矢ハルヤは絶句した。

 いきなりの濡れ場である。

 しかも、かなり濃厚めの。


 パラパラと頁を捲ってみて、晴矢は思わず本を床に叩きつけた。

「……ただのエロ本じゃねえか!」


「あ……、あはは、えーと、あの、なんて言いますか……」


 深羽は、一生懸命何かを言おうとしたが、二の句が継げないようであった。

 晴矢は、イライラと岩子さんの友人作だとかいう生前回顧録をにらみつけた。

 中には、ご丁寧にも、精密で詳細な挿絵まで添えてある。それも、挿絵は頻繁に挿入されているようだ。


「あんの色情狂幽霊ゴーストが! 《人類の敵》が書いた個人体験テーマの超長編官能小説なんか読んでられっかよ!

 全篇このノリで二全十巻なのか⁉」


「わ、わたしもまだちゃんと目を通せてなくて、わからないんですけど」



 わたわたと小さな指を揉み合わせて、真っ赤になった深羽が呟く。

 晴矢は、深羽の将来が無性に心配になって、その肩に両手を置いた。



「おい、深羽。よく聞けよ?

 ……やりたくないことには、ちゃんと『やりたくない』って意思表示しなきゃダメだ。やりたいことがあんなら、やればいいけどさ。でも、嫌なことにはちゃんと『嫌だ』って言わなきゃいけないんだ。

 だって……。黙ってたら、おまえの本当の気持ち、まわりに伝わらないだろ?」


 すると、大きな瞳をまん丸にして、深羽は晴矢を見た。

 それから、恥ずかしそうにそっと目を逸らして、彼女は答えた。



「……でも、あの、岩子さんの生前回顧録は、わざわざ岩子さんのお友達に頼んでいただいて、わたしのために書いていただいたものですから。どうしても読んで欲しいと岩子さんも言ってましたし、岩子さんはわたしのお友達です。

 だから、時間がかかっても、なんとか最後まで読みたいと……」


「いや、この本のことだけじゃなくてさ」

「?」


 また目を上げて、深羽は不思議そうに首を傾げた。


 晴矢は、一生懸命に深羽に、大事なことを伝えようとした。


「自分が何をやりたくて、何をやりたくないのか、ちゃんと考えなくちゃダメだ。じゃなきゃ、ダメになっちゃうよ。

 な、……わかるだろ?」


 それは、晴矢にとっては、彼女に本当に伝えたい、とてもとても大事なことだった。

 果たして、上手く伝わったのかどうか――。

 深羽は少し考えて、頷いた。


「わかりました。考えてみますね。

 ……この幽霊ゴースト駆除が、無事終わったら」


「うん。絶対、無事に終わらせよう」


 晴矢は頷いて、それからまた床に座り込んだ。


 空間が無限に広がっているかと思われるようなあの大図書館で借りてきたのは、人魂を操ることのできるタイプの《人類の敵》や、ネクロマンサーに関する資料である。


 古めかしいたくさんの本に加え、現物のデータ・ディスクまである。

 与太話や空想、妄想、フィクションやファンタジーだと思われていたそれらが、思いもかけず《人類の敵》研究の資料として価値がある可能性が出てきたと認められたのは――、ここ最近のことだ。



「人間がそれを想像できるのは、かつて経験したことがあるから、……か。

 岩子いわこさんの言葉を信じるなら……」


「やはり、この中に手がかりがあるかもしれません。人魂たちを動かしている存在なにかの」


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