●第三十六話● 人魂達を、操りし者?



「あなたたち二人で――、仲良く並んで跪いて、あたしの足の裏でもお舐めなさいな」



 その肉感的な女幽霊ゴースト――岩子いわこさんに言われ、晴矢ハルヤは目を剥いた。


「……はあ⁉」

 

 すると、岩子さんはニタリと笑った。


「ふふん。人に物を頼む時の態度としては相場だと思うけど?

 やらないの? ハルは」


 ぎょっとしたまま、つい晴矢が深羽みはねを見ると、……なんと、深羽はすでに、岩子さんの前にちょこんと跪いていた。



(マ、マジかよ……)



「あの、わたし一人でどちらの足も舐めますから。

 ハルちゃんは、何もしなくていいですよ」


「そういうわけにはいかないわ。

 あなたたち二人に舐めてもらいたいの、あたしは」



 ……ぐうの音も出なかった。

 というか、深羽はこの岩子さんとかいう《人類の敵》に何か訊く度にこんな変態プレイを強要されてるのだろうか。

 そう訊くと、深羽はきょとんと首を傾げた。


「いいえ、今回が初めてですけど……?」


 ――この箱入りお嬢様め!


(……なら、もっとこの要求を疑問に思えってーの! 完全に、足下見られてんじゃねえか)


 ……けれど、煩悶して抵抗していた晴矢ハルヤも、結局は岩子さんの策略に嵌まって、彼女の前に情けなく跪くことになった。



(糞……っ。何だって《人類の敵》相手にこんな真似をせにゃならんのだ……)



 そうは思ったが、晴矢は、無心になって、岩子さんの足を取った。

 彼女の濡れた素足は、ちょっとひんやりとして、向こう側が透き通って見えるけど、普通に触れることができた。


 紛れもない、女の柔肌だ。それも、大人の女の……。


 そのまま、晴矢は、深羽みはねと一緒になって、岩子いわこさんの幽霊ゴースト生足を舐め始めた。



「あぁんっ、そう、そこ……、いい感じよ……。

 本当に美しい友情ね。深羽、ハル」


 悩ましげに、晴矢の額の先で岩子さんが身悶えている。


 油断してちょっとでも目を上げると、岩子さんのむっちりとした二つの太腿とその間が見えてしまいそうになるので、晴矢は必死に爪先だけに意識を集中させた。

 ……ちなみに、無味である。

 それが生身じゃないからなのか、シャワーを浴びたばかりだからなのかは不明だ。



「――こんなもんで、いいんじゃないですかねえ」



 爪先を持ったまま晴矢が言うと、満足した様子のビッチな女幽霊が熱い吐息を零した。


「あぁ、よかったわ……。生前、雄犬ポチどもに舐めさせていたのを思い出したわ」


「感想とかいいんで、早く教えてください」


「ええと……、どんな質問だったかしら?」


「〈境界の鏡ゲート・ミラー〉で喚び出した人魂達が、組織的な行動を起こした原因です」


「ああ、そうだったわね。

 ……いい? よく聞きなさい。

 並の幽霊ゴーストども――今回のような人魂たちに統率が利かないのは、彼らがこの世に縛られている理由が多様を極めているからよ」



「個人の恨みつらみってことですか」

「そう」


「それじゃ、あなたの場合は……」

「あたしの話はいいの。

 ――あのね。人魂どもの目的は、己が胸に抱いた強い憎しみと向き合い、それを解消することよ。

 だから、まわりの皆と息を合わせて頑張りましょう、なんてわけにはいかないの」



「でも、――今回はなぜかそれが可能となった」


「ふふん。あたしが思うに、その原因は二通り考えられるわ。

 まず一つ目は、小物の人魂どもを従えるほどの力を持つ高位の《人類の敵》が召喚された可能性ね」


「なるほど」

 昨夜の禍々しいほどの数の人魂達の暴れっぷりを考えれば、あり得ないともいえない。


 とすると、いわゆる神話や伝説に現れるようなヤバい怪物が、すでにこの桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんにいるのだろうか?


 そういう能力を持つ幽霊ゴースト系の《人類の敵》に関して〈イン・ジ・アイ〉で検索をかけてみると、『リッチ』というあまり馴染みのないモンスターが引っかかった。何でも、リッチというやつは、死霊を操るほどの力を持った魔道士の死後の姿らしい。



「もう一つは、人間の口寄せ術士、死人使い、あるいはネクロマンサーの介入ね」


「は……?」

 晴矢ハルヤは、目を丸くした。


 というと、その何たらとかいう、いわゆる人間の超能力者が、現実のこの世界に存在するということだろうか。ペテン師の類ではなく?

 思わず、晴矢は岩子いわこさんに反論した。


「人間のネクロマンサー……って、そんなの迷信でしょ。〈イン・ジ・アイ〉の技術が進化すれば、未来はどうなるか知りませんけど」



「ふふん、ジュール・ベルヌね? 人間が想像できることは、人間が必ず実現できる、と言いたいの? 

 ……いいえ、違うわ。

 あなたたち現在いまを生きる人間は、この時代における《人類の敵》との遭遇で、もう気づいたはずよ。人間がそれ・・を想像できるのは、――かつて経験したことがあるからよ。

 人類の、壮大な歴史の中で」


「……」


「高位霊かネクロマンサーの干渉があったとすれば、集まった人魂どもの行動に統制が見られたのは当然よ。今桜ノ宮女学院に喚び寄せられた人魂どもは、操られているということだから」


「じゃ、高位霊かネクロマンサーを探し出して倒せば、集まってきた人魂の統制もなくなって、〈境界の鏡ゲート・ミラー〉を取り戻せる……?」


 晴矢は、深羽を見た。

 深羽も強く頷き、立ち上がった。


 ケタケタと笑いながら――、岩子いわこさんが、晴矢ハルヤたちに背を向けた。


「すべてはあなたたち次第というわけね――人生と一緒よ。

 頑張りなさい。深羽とその騎士さん」


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