●第四十一話● 人間側の裏切り者



「……おまえ、なにが目的なんだ?」


 晴矢ハルヤが問うと、文ちゃんはいやらしい顔でニタニタ笑った。



「そんなの、決まってまぁーす。

 この秘密のカグヤ・タワーの大図書館でお目当ての書物を読めるなら、どんな危険をも冒すのがこの文ちゃんなのでえーす」


「お目当ての書物……? って、なんだ?」


「うふ、うふふふふ。それはそこの中君なかのきみに訊けばわかりまあーす」


 けれど、隣の深羽みはねは顔を真っ赤にしたまま俯いている。

 文ちゃんが、嬉しそうに笑った。



「あらあら。それじゃ、親切なこの文車妖妃ふぐるまようひちゃんが教えてあげますねえ。さあ、舞いなさい! 珠玉の書物ちゃんたち――」


 文ちゃんの間延びしたかけ声と同時に、彼女が足蹴にしていた文車が唸りを上げて走り出した。まるで改造車のような騒音と走りだ。その文車と、大図書館の書庫から舞い散る書物の頁を、晴矢は〈イン・ジ・アイ〉で解析した。



「うげえ、これは……!」


「やっ……、もうやめてくださいってばぁっ……」


 頭を抱えて、深羽みはねが座り込んでしまった。

 それもそのはずだった。


 大図書館中を舞い踊るのは、古今東西の猥雑本――春本、いわゆる官能小説の類だった。

 赤裸々な挿絵があるもの、恐ろしいほど精緻に描かれた艶事。

 ……おぞましい欲望と妄想の坩堝だった。


 どうやら、晴矢と同じくあの文車妖妃ふぐるまようひを倒すヒントでもありはしないかと〈イン・ジ・アイ〉で詳細に解析してしまったらしい深羽は、このせいでほとんど使い物にならなくなっていたようだ。


 晴矢は絶句した。


「こっ、恋文じゃねえだろう、これはっ!」


「あれもこれもどれもそれも恋文と同等か、それ以上の怨念と執念を秘めていまあーす。それもこれも、書き手のみならず、読み手のおどろおどろしい業が染みついているからでえーす。月日を経れば、恋文以上に猛烈で強力で淫猥な鬼に化けること請け合いですよぉん」


「……おい、深羽。もしかして、ずっとこの紙吹雪攻撃を受けてたのか?」



「は、はいぃ……。

 やめてくださいって、ちゃんと戦いましょうって、何度も頼んだんですけど、聞いてくれなくて……」


(……そりゃそうだろうけども)


 道理で、怪我もないのに心拍数やら脳内分泌物のやらの数値が高いわけだ。


「うひ、うひひひひ。いかな桜ノ宮女学院といえども、我らと対峙する駆除要員は他愛無い小娘ばかり。勇名ほどのものはありませんねえ。――さあ、そろそろ勝負を決めさせてもらいましょうか。恋文ちゃんたち、全員集合!」


 文ちゃんの合図とともに、大図書館中を舞っていた人魂がもこもこと集まり始めた。


「さあ、宴もたけなわ、お楽しみの時間でえーす。ワタシの力で、今から人魂ちゃんたちを貴方たちが一番怖がるものへと変えますよう。何が出るかは、開けてみてからのお楽しみ! 春本も読めないようなオコサマは人魂ちゃんたちに恐れをなしてとっとと尻尾を巻いて逃げちゃってくださあーい」

 暴走文車を駆って、文ちゃんが叫ぶ。


「―—んなアホなこと、誰が許すか!」

 

 ぺたりと座り込んでいる深羽を尻目に、晴矢は剣を抜いてさっさと振るった。

 剣戟がもこもこと集まり始める真っ只中の人魂ごと空を切り裂き、文ちゃんを襲う。


「あらっ⁉

 必殺技を出す前に攻撃するなんて、正義の味方にあるまじき掟破りではぁ――⁉」


「うるせえ!」


 晴矢が攻撃をさらに続けると、ついに文ちゃんが悲鳴を上げた。


「名前も知らない雑魚のくせに強おーい……⁉

 い、岩子いわこちゃんの嘘つきぃ――……っ!」


 集まりかけた人魂の中で、文ちゃんが絶叫する。

 晴矢の攻撃で文車は完全に崩壊したが、本体がまだだ。

 トドメを刺そうと、晴矢は文ちゃんの間近に詰め寄った。


 しかし、その間際、文ちゃんはまた紙吹雪を投げつけてきた。


「うわ⁉」


 その可愛い便箋に書かれた四文字は――『神埜先輩』。顔に思いっきり晴矢宛てのラブレターをぶつけられ、動揺した晴矢の動きが一瞬止まる。

 その隙を衝かれ、文ちゃんは晴矢の攻撃射程から逃げ出した。



「ま、待てっ!」


「待てと言われて、待つ馬鹿なんかいませえーん! うふふふふ、覚悟していてくださぁい。裏切り者ちゃんが、今に〈境界の鏡〉の出入り口をもっともっと広げてくれるはずですからねえん。その時が、貴方たちの最期でぇーす。

 今度こそ幽霊ゴーストたちを貴女たちが最も怖がる姿に変えて、この桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんに大攻勢をかけてやりますからねえー!」



 最後までムカつく物言いで捨て台詞を吐くと、文ちゃんは、大図書館の窓辺へと腰かけた。

 文ちゃんが大図書館の防弾ガラス窓を開いた瞬間、ぶわっと猛烈な風が吹き込んできた。


 猛風に構わずに、文ちゃんは即座に外へと身を翻した。

 慌てて窓辺まで駆け寄ったのだが、ひと足遅かった。


 文ちゃんはウルトラマンのようなポーズで窓から落下し、姿を消していた。


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