●第二十八話● 夜の学校に、二人で ――学祭準備!
その夜は幸いなことに、
いわく、『
夜中に突然現れる嫩葉から逃げたいのもあって、
「……」
消灯時間がすぎるのを待って、晴矢は音もなく寮部屋を出た。
ちなみに、最近になって晴矢がいつも着ているのは、制服ではなくTシャツにジャージだ。……やっぱり、晴矢としてはスカートには抵抗があるのだ、どうしても。
(……誰もいないな、さすがに)
が、もちろん今夜は例外だ。
外に出てみると、もう気の早い夜の虫が鳴き始めていた。
早々に蚊が耳元で羽音を立て出して、晴矢はぶるぶると頭を振った。
まだ乾かない髪から、無数の水滴が飛ぶ。
深羽の相風呂の誘いを蹴るために、最近は深夜の人の少ない時間に大浴場に行っているのだが、今日は強引に寮部屋の洗面所で髪を洗うことにした。が、やっぱり髪を洗うのは帰ってからにすればよかったかもしれない。
ふと振り返ると、女子寮の方はもう真っ暗だった。無数に並ぶ女子寮の窓ガラスには、空の星々が映っている。
待ち合わせ場所の中庭に行ってみると、すっかり葉桜となった大樹の陰から
「ハルちゃん!」
深羽の着ている白いTシャツが、夜闇の中に浮き上がっているように見えた。手には、なにやら重々しい銀色のアタッシュケースを抱えている。
深羽も、もう風呂は済ませてきたようだ。
頬が紅潮し、長い髪はまだ水気を孕んでいた。毛先はもう乾き始めて、ほわほわしている。
「お待たせしました」
「いや、俺も今来たところだから」
晴矢が首を振ると、深羽はホッとしたように微笑んだ。
桜ノ宮女学院敷地は、呆れるほど広い。
深羽が、開けた夜空を見上げて呟いた。
「今夜は晴れてよかったですねえ」
と、
「そうだ。ハルちゃんは知ってますか? 綺麗な桜の下には、死体が埋まっているんですよ……」
そこは、校門から延々と続く桜並木のそばだった。
若葉が艶々と茂っている大樹の下で、一生懸命に怖い顔と声を作って深羽が言う。
ちなみに、両手はステレオタイプの幽霊よろしく、地面に向けてだらりと垂れている。今にもヨレヨレの白い三角巾を頭に巻きそうな勢いだ。
桜なんか、とっくに散ってるってのに。
「はいはい、梶井基次郎ね」
晴矢がひらひら手を振ると、深羽はぷうっと頬を膨らませた。
「もうっ、そういう塩対応、良くないですよ⁉ インスパイアは大事なんですっ」
膨れっ面になった
「わたし、これでも今年の
今夜は、その総括のつもりでっ……」
よっぽど頑張ったのか、……それとも怖かったのか。
不意打ちのように、大きな瞳にうるっと涙が溜まっていく。
「け、結構怖かったんですからね。夜に一人で怖い話の調べ物をしたりして……」
深羽の表情の変化に、晴矢は目を瞬いた。
(涙目になってしまった……)
こんなことで?
……でも。
そうなんだ――これが、女の子。
男同士みたいな感覚で話すと、ズレが生じてしまうことがある……傷つけてしまうこともある。
この繊細さが時に面倒くさくて、我が儘に思えて、脆くて弱く感じて……でも、可愛い。やっぱり、可愛かった。
だって、たとえば、晴矢がよく知っている女の子……
これまでだって、晴矢は女の子に憧れていた。
けれど、現実の女なんて、男よりもずっと口が立つとかいうし、晴夏と大差ないもんだろうとどこかで思っていた。
……だけど。
この斎院深羽という女の子は、違った。
彼女は、晴矢がどこかで胸に思い描いていた、『現実にはどこにもいないはずの理想の女の子』そのものだった。
だからだろうか? 晴矢は、慌てて言った。
「ごめんってば、怒らないでくれよ。怖い話の研究を一人でやるなんて大変だったな。よく頑張ってるよ、ほんと」
晴矢の取って付けたようなフォローに、それでも深羽はこくりと小さく頷いた。
ようやく笑顔になって、深羽は言った。
「そうなんです、顔を洗いに行くのも怖くなってしまって……。
でも、同部屋の
「……えっ⁉
「はい。部屋分けは、駆除科の成績順ですから。でも、
嫩葉ちゃん、いつもどこへ行っているのかな……」
「さ、さあ、どうかな」
深羽の疑問をあいまいに濁してから、晴矢はわざとらしく咳払いをした。
そういえば、アイツは今日も取り巻きの女子に囲まれていた。他の連中に、晴矢とそれなりの頻度で接していることを知られたくないのかもしれない。
ちなみに最近の晴矢はといえば、駆除科生成績一年生ナンバーワンの深羽とそれなりに話し、ナンバーツーの嫩葉にライバル視されているという設定が加わった転校生として、クラスの女たちに――
今となっては、深羽以外のクラスメイトが話しかけてくるのは、『男を知っている』晴矢に、男について質問がある時くらいのもんだった。
それから、ついでに――。
その夜のうちに
とはいえ、お友達といわれても何をすればいいのかサッパリわからないので、顔を合わせた時に挨拶する程度の仲だが。
(そういや、
なんて思いながら、晴矢は顔を上げた。
「と……、とにかくさ。次からは、そういう時は俺にも声かけてくれよ。手伝うくらいできるから」
「それじゃ、ハルちゃんは生徒会活動に興味があるんですか?」
パッと顔を輝かせて、
だけど、晴矢は、その質問にもハッキリ答えることができなかった。
「そういうことじゃなくて、友達としてっていうか……。
……な、なあ、それよりもさ、《人類の敵》を人為的に集めるのって、やっぱり難しいの?
晴矢が話題を逸らすために水を向けると、深羽は顎に人差し指の先を当てた。
「全国中継は緊張しますけど、《人類の敵》を集めるのって、実はそんなに難しくないんです。ほら、《人類の敵》って、基本はあんまり知能が高くない子が多いでしょう? どの系統の《人類の敵》にも、好む環境があるものなんです。環境を整えて、きっかけさえ与えてあげれば、かなりの数を誘導できるんですよ。
「まあ、地域貢献は大事だよな」
高校球児たる者――いやいや、
深羽も頷く。
「です、です。
それから、生命エネルギーに満ちた肉体を持つ若い女性、水、不浄な空気にも惹かれます」
「若い女ってところが
巫女ってのは二パターンいる。
処女と娼婦だ。
前者なら、この
「――で、不浄な空気の溜まり場が、あの【旧校舎】ってわけか」
晴矢は、カグヤ・タワーの向こう側に建っている、赤い煉瓦造りのレトロな旧校舎を眺めた。
今年の
例の綺羅綺羅しい新校舎の教室棟に取って代わられてから、もう云十年も使われていないらしい。清掃なんかはそれなりに入っているだろうが、それでもガタは来る。
そこに、不浄な空気が溜まるというわけだ。
「その手に持ってるヤツの中身が、例の神器とかいう鏡?」
「〈
きっとたくさん
「新月か」
「いつもの駆除作業と違って《人類の敵》を人為的に集めますから、警戒されないために、当日は駆除用作業着の上に服を着るんです。
今回の対
「それじゃ、今夜の仕事は……」
「条件に合った環境作りです。ハルちゃんが手伝ってくれて助かりました。
それじゃ、まずは屋上に、この鏡を設置してきちゃいましょうか」
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