●第二十六話● 男の子みたいな女の子


(――たちばな嫩葉わかば……?)


 光に透けて栗色に光る長い髪を高い位置で結んだその少女は、眼光鋭くキッと晴矢ハルヤを睨みつけてきた。


「男だろうがなんだろうが、朝起きたら目ェ開けるのが一番先に決まってる。次に顔洗うか歯磨くは、人それぞれ。なんでそんなこともわからないかな」



「……あっ――!!」



 その子――嫩葉わかばと目が合って、晴矢ハルヤは激しく動揺した。


 涼しげな瞳は気が強そうに光って、細い顎も薄い唇もどこか中性的だった。

 すっきりと整った顔立ちをしているが、髪さえ長くなければ、少年だといわれても納得してしまいそうな雰囲気がある少女だ。


 彼女のことは、見たことがある……先日、大浴場の浴槽の中で。

 きゅっと持ち上がった真っ白な尻と、引き締まった太腿。それから――。


「うわっ……、こ、え……⁉」


 乱暴に浴槽から出て、湯が跳ねて。

 ……晴矢ハルヤは、見てはいけないものを見てしまった。彼女の、……一番大事なところを。

 

 今度は晴矢ハルヤの方が真っ赤になって、口をパクパクとさせながら嫩葉わかばの線の細い顔立ちを見つめた。

 教室中がしーんと沈黙している中、彼女はつかつかとこちらに近づいてきた。


 嫩葉わかばは、ガンッと音を立てて勢いよく晴矢ハルヤの机に平手を突いた。

盾羽たてはさんに近い初陣討伐数を叩き出したからって、あんまり調子に乗るなよな、転校生。最初だけ良くてどんどん成績が落ちる奴なんてザラなんだ。オマエみたいな奴、ちっとも大したことない。

 盾羽たてはさんには、誰にも勝てないんだ。わかったか?」


 鼻がくっつくような間近から睨まれながらも、晴矢ハルヤはまだ顔を火のように熱くしていた。

 あんなところを見てしまった嫩葉わかばを相手に、どんな顔をすればいいのかわからない。



 嫩葉わかばは、瞳だけは爛々と強く輝かせて晴矢ハルヤを見つめながら続けた。


「だいたい、男を知ってるくらいで偉そうにするなよな。男くらい、ボ、ボ、ボクだって……」



(――げ! コイツ、一人称、『ボク』⁉)



 ボクっ娘に一ミリもいい思い出のない晴矢ハルヤは、ぎょっとして目の前の嫩葉わかばを見つめた。

 ……だが、当の嫩葉わかばは、声がどんどん小さくなって、耳まで真っ赤になっている。



 晴矢ハルヤはきょとんとした。

(ん? コイツ、なにを言おうとしてたんだっけ……?)




 一瞬考え、すぐに晴矢ハルヤは合点した。

(……ああ、そうか。『男を知ってる』云々の話か。で、ただの強がりだったってわけね……。途中でヘタレるんだったら、最初から虚勢なんか張るなっての)


 すると、晴矢ハルヤの目線に気づいたのか、仕切り直すように咳払いをして、嫩葉わかばは言った。

「つ、つまりだな、ボクが言いたいのは、とにかく調子に乗るなってことだ。

 駆除科の授業には、生徒同士の模擬戦もある。ボクと当たった時には目に物見せてやるから、覚えておけよ」

 それだけ言うと、嫩葉わかばはさっさと教科書をまとめて教室を出ていってしまった。


「わ、嫩葉わかば!」

「待ってくださいませっ……」

 嫩葉わかばの取り巻きらしき女子たちが、彼女をバタバタと追いかけていく。



 彼女たちを見送って、まわりの同級生が口々に呟いた。

「ハルって、やっぱり凄いんですのね……」

「あの嫩葉わかばにライバル認定されるなんて……」


「ライバル認定……?」

 ……を、されたのか、今のは。


 呆気に取られているまわりのお嬢様方に、晴矢ハルヤは訊いた。

「あの……。嫩葉わかばって、そんなに凄い奴なのか?」

「ええ。嫩葉わかばは、深羽みはねと並んでいつも一年生の駆除科成績トップなのです。それから、生徒会書記長も務めておられますわ」


 晴矢ハルヤは、深羽みはねを見た。

 深羽みはねは、小さく晴矢ハルヤに頷き返した。



 ○



「……でも、体育科では嫩葉わかばちゃんにはちっとも敵わないんです。嫩葉わかばちゃん、とても運動神経がいいですから」

 体育科の授業で、ポーンと高段の跳び箱をクリアする嫩葉わかばを眺めながら、体育座りをしている深羽みはねが言った。

 授業をサボってわざわざ来ているのか、体育館の入り口付近には嫩葉わかばのファンらしき女たちがきゃあきゃあと歓声を上げている。お嬢様ゆえなのかどうか、古風にも彼女達の手にはラブレターらしきものが握られていた。


「……人気なんだな」

「ですです。嫩葉わかばちゃんって、なんでもできますから。ファンがいっぱいいて、ああやっていつもたくさん手紙を貰ってるんですよ」


 それは深羽も同じだった。

 お嬢様女子高特有の文化なのか、深羽も、彼女に憧れている女の子達から手紙や手作りのプレゼントを山ほど受け取っている。


「けどさ、駆除科ではあんなに成績いいのに、なんで体育はダメなんだ? 深羽みはねは」

「ええと、それは……」

 深羽みはねが答えかけたところで、ちょうど深羽みはねの名前が呼ばれた。


「はい! 斎院さや深羽みはね、参ります!」

 右手をまっすぐに挙げて、深羽みはねが立ち上がった。

 そして、そのまま六段の跳び箱に突っ込んでいって――跳び箱ごと、ずっこけた。

 その奥では、同じように月穂つきほがさらに低い跳び箱にタックルを決め込んでいる。


 ……なるほど。アイツらの駆除用作業着の補助機能は、相当に優れているってことか。



 ○



 すると、その夜のことだった。

 部屋で晴矢が休んでいると、突然部屋のドアが派手に蹴破られた。



「⁉」



 もう時刻は深夜だ。

 女子寮の各室は、深羽みはねの言うところの生徒会役員権限であっさりマスター・キーで開いてしまうこともわかっているが、深羽みはねならドアを蹴破りはしない。



「――やあ、転校生」

 そう言って部屋にズカズカ入ってきたのは、なんと――橘嫩葉たちばなわかばだった。






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 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


 先週はやはり更新厳しいものがありましたが、なんとか帰還…!

 がしかし、今度はネット環境が非常に悪いため、環境整うまでは更新苦戦するかもです。

 またお時間のある時にでも読んでいただけたら嬉しいです。

 

 そして、更新ない間にも嬉しいリアクションをいただけて…!

 泣きます。

 小説書いてると楽しさ苦しさ目まぐるしいですが、他にも頑張っている人がいると思うと本当に励みになります。

 ありがとうございました。


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