●第二十四話● お嬢様の縁談事情

 作業している深羽の顔を眺めて、晴矢は、生徒会室での盾羽とのやり取りの続きを思い出した。





「わたしは斎院深羽さやみはねを――この桜ノ宮女学院から追い出したいの。だから、そのために君の力を貸して欲しいのよ」


 あの時、斎院盾羽たてははまっすぐに晴矢を見据えてそう言った。自分の抱く信念を強く信じている。そんな瞳だった。


「……ああ、そう。そういうことですか」

「あまり驚かないのね。予想していたの?」

「まさか。でも、わざわざこっそり呼び出すあたり、あんまり良くない話だろうなとは思ってましたけど」



 晴矢は、肩をすくめた。

 仲は良くなさそうだと感じていた。

 が、深羽みはねが一方的に盾羽に無視されているだけだとばかり思っていた。


 けれど、実際はこうして、盾羽たてはは妹に実害を与えようとしている。

(なんだってコイツら、こんなに仲が悪いんだよ?)

 ……そう思ったところで、すぐに晴矢は考えを改めた。

(まあ、俺ん家だって、人のことをとやかく言えるような兄妹仲じゃないしな)

 旧約聖書のカインとアベルを持ち出すまでもなく、兄弟は他人の始まりというわけだ。



「それで、答えは?」

 焦れたように、京堂雛きょうどうひなが訊いてくる。晴矢は即座に首を振った。

「嫌です。深羽とは友達だし。それに、こういう陰でコソコソやって人を嵌めるようなことは好きじゃないんで」


 ニヤッと笑って、晴矢はこの盾羽がいかにも嫌いそうな表現を使った。

「ま、いかにも『女』がやりそうなことですけどね」


 盾羽たてはの切れ長な瞳が、すっと細められる。


「キミね、いい加減にしないと……っ」

 またひなが横でキツい声を上げてくる。それを手で制し、盾羽は小首を傾げた。

「ふーん、そう。わたしたちの意見は完全に対立したわけね」

「そうみたいですね」

「……模擬戦でも、君の判断力は素晴らしかったわ。この桜ノ宮学院に編入生なんてほとんど来ないのだけれど、君にはその価値があると思っていたのに……。残念だわ」

 はっとして、晴矢は目を見開いた。

 では――つまり、月穂が戦ったあの模擬戦の時、ブルー・スライムの増殖速度が上がっていたのは、……この盾羽の差し金だったのだ。



 すると、盾羽たてはがふいに言った。



「ねえ。こうなったからには、賭けでもすることにしない?」

「は?」

「ほんのお遊びよ。いいでしょう? 賭けの内容は、――斎院深羽みはねがこの桜ノ宮女学院に無事残れるかどうかよ」

「……」

「わたしは当然、斎院深羽の退学に賭けることにするわ。君はそれを全力で阻止しなさい。君の望み通り、斎院深羽が無事この桜ノ宮女学院に在学し続けた暁には――」


 盾羽は、晴矢の顔から目を逸らし、窓の外を眺めた。


「深羽は今年度中にはひとまわり以上年上の男と婚約し、十八の誕生日と同時に入籍ね。

 それがあの娘の運命よ。君は全力で祝ってあげたらいいわ」


「……!」


 ――婚約、だって?

 目を見開いた晴矢に、盾羽は冷笑を浮かべながら続けた。


「その時には賭けに負けたということだから、わたしも敢えて意見を差し挟むのはやめましょう。

 あの男は本当はわたしの婚約者となる予定だったのだけれど、あのが桜ノ宮女学院の高等部に進学したために事情を変えることができたの。わたしはこのまま桜ノ宮女学院の付属大学へ進学の道を採るわ。

 足手まといだとばかり思っていたけど、あのノロマな妹にも使い道があったわね」



 それだけ言うと、盾羽たてはは晴矢の肩にぽんと手を置いた。

「お手並み拝見といかせていただくわ。せいぜい頑張りなさい。深羽の騎士ナイトさん」



 ――いつの間にかひなが戸口のところへ移り、ドアを開けていた。

 それが、退室の合図だった。





(……婚約、だってさ)

 深羽みはねに、そんな未来が待っているだなんて。


 ……いや、正直なところ、どこかでわかっていた。

 巨大複合企業コングロマリット創業家のお嬢様が、自由恋愛なんかするはずがない。

 黙って見ていたくはないけれど、かといってどうしていいのかもわからない。

 敢えてなにかをするべきかすら、判断がつかなかった。



 だけど――。

 少し考えて、晴矢は、目の前の深羽にこう答えることにした。

「……いいよ、わかった。俺も協力する。その、五月祭メイ・デイのために」

 晴矢が頷くと、深羽は嬉しそうに微笑んだ。

「本当ですか? ありがとうございます、ハルちゃん。一緒に幽霊ゴーストをやっつけましょう!」

 その時ちょうど朝の予鈴が鳴って、晴矢たちは席を立ったのだった。


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