第二部 五月祭(メイ・デイ)
●第二十三話● 生徒会長からの呼び出し ――五月祭の始まり――
「――君が、一年A組に転入してきた、
開口一番、その女はそう言った。
逆光で顔に影が差している。それなのに、とても整った顔だとわかる。
真っ白な雪を連想する肌と、通った鼻筋、冷たい唇。そして、冷徹なほどの、無表情。まるで、人形のようだ。
何か激しい感情に晒された時、この綺麗な顔はどんな風に崩れるんだろうか。
その様が、ちっとも想像できない。
てっきり値踏みをされるんだとばかり思っていたが――。
彼女、『
これが、この
彼女は
そして、これが、
(……似てる)
そんな風に思いたくないのに、比べたくないのに。
気がつけば
頭の中で、
深羽は、表情が多い子だ。それなのに、どうして――この鉄仮面を被っているみたいなこの女の、どこが深羽に似ているんだろうか。
晴矢は、内心を隠して頷いた。
「……そうですけど。何の用でのお呼び出しなんですか? これは。俺は、そこにいるあんたのお友達に――」
「
生徒会室の隅に控えるように立っている三つ編みに眼鏡の女が、眉をひそめている。
「……京堂先輩に、呼び出されて来ただけですけど」
「ええ。わたしの指示よ」
威圧的な鋭い声でそう言って、
その瞬間、世界の空気が変わったような気がした。そのくらいの価値が、
微笑んだまま、盾羽は晴矢の方へ近づいてきた。
「君は、駆除科の初陣でオーク討伐に出たそうね。
「そりゃどうも」
「君を見込んで、頼みたいことがあるの。仲良しなんでしょう? あの
「あの子と言われましても、誰のことやら」
「……ふうん。わかってるくせに、君って意外と意地悪なのね。
盾羽は、晴矢と間近に向かい合ってピタリと止まった。
まっすぐに長く伸びた艶のある黒髪を揺らして、盾羽は綺麗な顔をしたまま、晴矢に予想外の言葉を放った。
「わたしは斎院深羽を――この桜ノ宮女学院から
○
――いつの間にか、外では蝉がじりじりとうるさく鳴いている。
まだ五月に入ろうってところだってのに、今年はもうすでにうだるような暑さだ。
校庭には陽炎が揺らいで、まるで地面が煮立っているかのよう。今となっては信じられないけれど、かつては、蝉時雨は七月と八月に盛りを迎える風物詩だったんだってさ。
最近は温暖化の影響で、年々季節が前倒されるようになってきている――桜ノ宮女学院の桜並木だけは特別で、今も春に咲くのだけれど。
晴矢たちの両親は、だから、この先倒しになって『夏』となったこの季節に産まれた娘に、『
それにしたって、
桜ノ宮女学院の大図書館は、カグヤ・タワーの十階から二十階までの高層フロアをぶち抜きで占めていた。館内に目を向けると、見渡す限りの空間を本棚が埋めている。本棚の上段に収められている資料を手に取ろうと思ったら、AI制御の梯子を移動させてくるか、それとも専用ドローンに任せる他ない。
(……しかし、セレブ仕様という表現で済ませていいのだろうか、これは)
国立図書館よりも蔵書が多いという噂の大図書館を眺めていると、一瞬、自分が小人になってしまったかのような錯覚に囚われた。
「なあ、これ全部本なの?」
晴矢が訊くと、向かいに座っている深羽が首を振った。
「いいえ。ここには、VHSにレコードに、それからカセットテープにMDにCDにDVDやブルーレイディスクも収められています。ここは、
桜ノ宮女学院では、図書委員もなかなか大変な仕事なんですよ」
「そりゃ、この規模の図書館を抱えてりゃな……」
防弾性の分厚い窓ガラス越しに外を眺めると、そばに赤いレンガ造りの古めかしい旧校舎が見えた。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、晴矢はふと首を傾げた。
「で、えーっと、なんの話だったっけ?」
「『
対外的な広報の意味合いが強いイベントなので、衛星中継が毎年入るんです」
「らしいな。だけど、あんなデカいイベント、深羽が企画担当してんの?」
「生徒会が、です。今年度のメインの担当はわたしですけど」
「ほう」
「一番活躍した人が『
今年の五月祭は、討伐対象が
深羽が晴矢の前の席に座って、生徒会発行の
可愛らしい手書きで描かれたタイトルは、『怪奇! 楽しい五月祭・夏の
まわりには、ちっとも怖くない笑顔を浮かべたほわほわした雲のようなお化けが散っている。スーパーマリオの敵キャラみたいなやつだ。
「これ、深羽が描いたの?」
冊子の中をパラパラ捲って、晴矢は深羽を見た。
「いえ、わたし、絵心がなくて……。このイラストは雛先輩が描いてくれたんです」
「ああ、あの眼鏡の」
「ええ、あの眼鏡の先輩です。雛先輩って、凄く面倒見がよくて優しいんですよ。わたしも姉も、とても親切にしていただいて……」
嬉しそうに、深羽が語る。
その面倒見がいい先輩が、自分を追い出す計画を姉と一緒にたくらんでいるなんて、想像もしてなさそうだ。
深羽の方は姉を好きそうなのに、なんだってあの盾羽はあんなに妹に冷たいんだろうか。
(〈イン・ジ・アイ〉上にも情報上がっていないけど、……まさか、深羽って後妻の子とか?)
……なんて思っていると、深羽が不思議そうに小首を傾げた。
「? どうしたんですか? ハルちゃん」
「あっ、いや、なんでもない。その……。あのさ、雛先輩って、生徒会の会計なんだろ? 副会長かと思ってたけど」
「桜ノ宮女学院の生徒会役員は、生徒の任意投票じゃなくて、駆除科の成績順で決まるんです」
「だから、深羽が副会長か」
「あっ、いえ……。わたし、入学試験の時は凄く調子がよかったですから」
恥ずかしそうに、深羽がはにかんだ。
しかし、駆除科の成績が盾羽に次いで優秀な深羽を退学させるなんて、本当にいったいどういう意図があるんだろうか……。
「姉は、一年生の時から生徒会長だったんです。昔から優秀で、中等部の頃から駆除科では飛び級して高等部の実戦任務に参加していたんですよ」
「深羽も中等部から?」
「まさか。わたしはそんなに器用な
深羽が、慌てて首を振って否定する。
「あ、そうだ。今回の
それに、
「ふーん……」
桜ノ宮女学院は、高校生レベルで言えばかなり学力が高い。
が、晴矢からしてみれば、
けど、試験期間が全部休みになるというのは魅力的だった。
一秒でも女だらけの中から逃げて一人になれるなら、なんだってやりたい気分だ。
「だけど、どうやって、特定の《人類の敵》と戦う状況を作るんだ?」
「いくつか、桜ノ宮女学院の敷地内に《人類の敵》を誘き寄せる時に使う、秘密道具があるんです」
「秘密道具って、ドラえもんみたいだな」
もう半世紀以上放映し続けている国民的アニメを想起して晴矢が言うと、深羽は苦笑した。
「正確には、【
「へえ」
「今回使うのは、通称、【
「便利なもんだな」
「それが、そうでもないんです」
「そうなのか?」
「神器は全種桜ノ宮女学院創設当時から使ってるものなんですけど、古いだけあってあんまり機能は安定していなくて……」
「で、下準備が必要になるってことか」
「はい。そこで、わたしたち生徒会役員の出番というわけなんです。だけど、幽霊系の《人類の敵》って、苦手な子も多いんですよ。
だから、あんまり主催者側として参加する人がいなくって。勧誘頑張らなきゃいけないんですけど、なかなか……」
深羽はシャーペンをカチカチと鳴らして、なにやら栞に注釈を書き込んでいる。幽霊系の《人類の敵》の資料に囲まれて、まるで、ノルマ達成に必死になっているブラック企業のサラリーマンみたいだ。
作業している深羽の顔を眺めて、……晴矢は、生徒会室での盾羽とのやり取りの続きを思い出した。
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ここまで読んでいただいてありがとうございます!
盾羽にピンと来なかった方は、第十三話を読んでいただけたらと思います。
自分で印刷して通しで読むのと、ネットで一話ずつ上げるのって結構感覚違いますね…!
次の更新は来週の予定なのですが、前回書いた通り、来週は所用でかなり忙しく、何回更新できることか……という感じなので、またお時間のある時にでも立ち寄ってやってください。
ここまで読んでくださった皆様に、心からの御礼を申し上げます。
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