●第十九話● 案内しますね、大浴場に

 自分の部屋に戻って駆除用作業着を脱いだ途端、体の重みがズシッと増した。

 予想以上の反動に、晴矢ハルヤはふらふらと頭を押さえた。


「やべ……。立ってらんねえ……」


 そのまま床で眠り込みたいのを必死でこらえて、なんとかベッドにたどり着く。

「うう、耐えられん……」


 ――一瞬にして、まるで停電でもしたかのように視界がブラック・アウトする。

 意識は、あっという間に闇に落ちていった。



 ○



 ……それから、どのくらい時間が経っただろうか?


 晴矢ハルヤがベッドに縋りつくようにして眠りこけていると、ふいにドアがノックされた。


「……ん? んん……」


 まだ夢うつつを彷徨っている晴矢の視界に、……広告動画のあの女の子が映った。


 彼女の顔をなんとかちゃんと見たいのに、目が霞んでよく見えない。


 ただ、長い髪と、とても綺麗で、だけど、……どこか寂しそうな瞳だけが目に映っている。



 彼女は、本当はいったいどんな顔をしているんだろう。

 いや……。それよりも、今日こそは訊こうと思う。


 きみはいったい、だれなんだ……?





 ○





「……ハルちゃん、ハルちゃん……」



 名前を呼ばれて、晴矢ハルヤはハッと目を開けた。



 そこには――探していた少女がいた。

 そう思った。

 


 寝惚けなまこのまま、これが夢か現実か、しばらく判断がつかない。


 晴矢ハルヤは、思わず少女の頬に手を伸ばした。

 真っ白な頬は、柔らかくて温かい。



「き、きみ、は……、だれ……?」



「え?」

 ぱちぱちと、大きな瞳が瞬かれる。

 その瞳を見ているうちに、だんだんと意識がハッキリしてきた。



 軽く息を吐いて、晴矢ハルヤは軽く頭を振った。

 それから、もう一度彼女を見る。


「……あ、深羽みはね?」

「は、はい。そうです、深羽みはねです」


 慌てたように、深羽はこくこくと頷いた。

「よかった……、ハルちゃん、気がついたんですね。

 初陣の衝撃が脳に影響して、意識の混濁が起きているのかと思いました。あの、痛いところとかはないですか?」

「大丈夫。ちょっと夢を見て寝惚けてたんだ」



 晴矢ハルヤは、〈イン・ジ・アイ〉の活動状況を確認した。

 もしかすると、夢うつつで〈イン・ジ・アイ〉に指示して、ネットワーク上に転がっているあの広告動画を再生したのかもしれない。


 しかし、そんな履歴は一切残っていなかった。


(それじゃ、今のはただの夢か……。

 深羽みはねが、まるであの動画の女の子に見えたんだけど――……)



 その深羽みはねが、いつもの優しい声でこう言う。

「実はお水とお食事を持ってきたんです。食べられそうでしたら、どうぞ」

「え……、あ……」

 ベッドの横にあるミニデスクには、簡単な食事の載ったビュッフェ・トレイが置いてあった。


 湯気を立てている卵入りの鮭粥を見た途端、腹の虫がぐうと鳴いた。

「うん……。腹減った。食っていい?」

「もちろんです」

 冷ましながら熱い粥を食べていると、ふと〈イン・ジ・アイ〉の示す時刻に気がついた。


「……えっ。今日もう授業終わった⁉ つか、もう夜⁉」


 駆除科の授業は一時間目だったはずだ。

 そういえばと窓を見れば、確かに外はもう暗かった。



「初戦から大変な実戦でしたから、心身にかなり負担がかかったみたいですね。

 保健の先生にも来てもらいましたけど、特に異常は見られないとのことでした。

 でも、今は寝かせてあげてとのことだったので……」

「そっか……」


 頭を掻くと、だくだくと熱い汗が滲み出ているのがわかる。

 腹が満たされると、かなり落ち着いた。

 数時間どっぷり泥のように眠ったおかげか、全身の倦怠感はずいぶん抜けている。



「もしかして……。ずっとそばにいてくれたのか?」

「はい。わたし、こう見えて生徒会役員ですから。

 ハルちゃん、寝ている間にいっぱい汗をかいたみたいですね」


「あっ、悪い、近寄らないで。臭いと思うから」

 深羽に汗臭く思われたくなくて、思わず身を引く。


 すると、深羽みはねが小首を傾げた。

「気になりますか? それじゃ、寝る前にお風呂に入りましょうか」

「えっ?」


「案内しますね、うちの学校の大浴場」

「……だ、だだ、大浴場ぉ⁉」



 ○



「――いいって、俺はマジでいいって!

 後で一人で入りに行くし、もし寝落ちしたとしたって、別に一日二日風呂入らなくても死にゃしねえからっ!」

 首を振って喚いている晴矢ハルヤの手を、有無を言わさずに深羽みはねが引いていく。



「ダメですよ、女の子がそんなことじゃ。

 ハルちゃん、昨日もお風呂入ってないんでしょう?」

「な、なぜそれを……」

「ふふ。生徒会役員権限なのです」

 意味深に微笑んで、深羽は言った。



 深羽みはねによると、桜ノ宮女学院の生徒会役員権限はなかなか強力で、こうして生徒の生活記録を一部閲覧したり、あるいは、女子寮の部屋の鍵すべてを開けることのできるマスター・キーを持ち出したりなんかもできるらしい。



「あ、あのな、本当に風呂はいいんだよ……。

 いくら転校生で右も左もわからないったって、子供じゃないんだし、そこまで面倒見てもらわなくても大丈夫だから!」


「……ごめんなさい。

 もしかして、わたし、ご迷惑でしたか?」

「……え⁉」


 しゅんとした表情で、深羽みはねが俯いた。

 深羽のどこか切なげな顔を見ていると、――晴矢の声は急に歯切れ悪くなった。



「あ、いや……。迷惑ってことは、ないんだけど……」

「なら、行きましょう。わたしが背中を流してあげますから。ね?」


 ころりと笑顔に戻った深羽が、また晴矢の手を引いて歩き始めた。



(……え、なに? 今の顔って、ひょっとして、演技?)



 ……彼女は、晴矢ハルヤが彼女の弱気と強気のどちらにも弱いことに、もう気がついているのだろうか?

 深羽を見ていると、晴矢はなんとなく放っておけないような気になってしまうのだ。



 ……俺って奴は、本当に馬鹿だ。






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 ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございます!

 文字数的にはかなり長くなってきましたので、本当に嬉しいし、ありがたいです。

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 この喜びを嚙み締めて生きていきます…!

 続きはまた週明け更新になりますので、よろしくお願いします。

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