●第十八話● 高校生に、デキること


 ザン――ッ! と、派手な音が響く。


 ……斬った手応えは、ほとんどなかった。



 まるでトマトでも切るみたいに、簡単に目の前の《人類の敵》が肉塊に変わる。

 瞬間、血の通う肉の断面が見え、断末魔のぐぐもるような声が耳障りに響いて消えた。



「うおぉ……。思ってたよりエグいな……」

 


 呟いている間に、倒したオークは音を立てて崩れ落ちた。

 絶命した途端、オークの体は霧散して消滅した。



 これは、《人類の敵》が死ぬ時の特徴だった。

 彼らは息絶えると、死体も残さず文字通り消滅してしまうのだ。



 ……が、躊躇している場合ではない。

 次から次に、敵が襲いかかってくる。




「――……よし! 次!」




 こちらからはオークたちの姿がハッキリ見えるし、熱センサーによって奴らの次動作の予測も立つ。

 圧倒的優位の状態で、駆除作戦は進んだ。



 否応なく、晴矢ハルヤはどんどんオークを斬り伏せた。

 返り血はほとんどなし。

 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒たちが使う《人類の敵》専用武器には特殊な加工が施され、攻撃時に高熱を発したり切断面を高速冷却することで不必要に血が飛ぶことを防ぐ。

 オークは熱感知する能力は持たないから、ステルス機能にも影響はない。



「これも、精神的負荷の軽減にひと役買ってるってわけか……」

 


 五個体も屠る頃には、駆除に伴う残虐行為に対する嫌悪感を頭から追い出すことに成功した。


 オークに理性なんかない。

 放っておけばどんどん縄張りを広げ、人間を襲うだけだ。

 ナメクジ処理もスライム退治もオーク殲滅も、本質は同じ害獣駆除だ。

 

 ふと見れば、〈イン・ジ・アイ〉の基本戦闘プログラムなんかとっくに卒業して自分の感覚を頼りに戦っている深羽みはねは、晴矢ハルヤの何倍もの数のオークを倒していた。

 駆除用作業着の補助があるとはいえ、自分があの域に達することができるとは到底思えない。


「……やっぱり凄えな」


 だが、今回ばかりは見惚れている場合ではない。

 桜ノ宮女学院保有の衛星から〈イン・ジ・アイ〉に送られる敵の位置データを指標に、晴矢と深羽はさらにオーク狩りを続けた。





 ……どれほどのオークを狩っただろうか?


 そろそろ駆除用作業着を着ていても解消しきれないほどに腕にも足にも倦怠感が溜まり、だんだんと動きの精度も悪くなってきた。

 汗を拭ってまた一匹オークを狩ると、ふいに〈イン・ジ・アイ〉に新着情報が入った。



『――戦闘状況が更新されました。確認してください』



 無機質なAIボイス。

 その指示通りに戦況データを更新してみると、オークの群れの最後の一団がこちらに向かっていた。

 駆除作戦は予定通りに進んでいるようだった。


 しかし、すぐに晴矢ハルヤは顔をしかめることになった。



「なんだ……?」

 


 どうしたことか、〈イン・ジ・アイ〉に、『味方』でも『敵』でもない生体反応が示されたのだ。

〈イン・ジ・アイ〉の分析は、敵ではなく、未知の警戒対象。

 しかも、それは徐々に晴矢ハルヤたちの方へと近づいてきていた。





 その正体は、――すぐにわかった。




「ひいぃぃぃっ……!」


 喚き声が聞こえてくる。

 同時に、どう見ても堅気ではない様相の男たちが、こちらへと数人駆け込んできたのだ。


〈イン・ジ・アイ〉の言語解析が始まる。

 奴らが口々に叫んでいるのが、日本語じゃないことがすぐにわかった。



「――! ……不法潜伏者か!」

『っ……!』

 繋ぎっ放しの〈イン・ジ・アイ〉回線の向こうで、深羽みはねが息を呑むのがわかる。


 深羽みはねは、すぐに身を翻して男たちの方へ駆け寄った。

 オークの群れの中へと突っ込んだ深羽を追って、晴矢ハルヤは走った。


「行くな、深羽みはね

 あいつらを助けるのは、俺たちの任務じゃないだろ⁉ 俺たちはただ、《人類の敵》駆除作業をしてるだけなんだ!」

『……ハルちゃん⁉』


 はっとしたように、深羽みはねがこちらを見る。

 深羽は、すぐになだれ込んできた男たちの方へと視線を戻した。

 奴らはもうすでに、血の臭いに猛っているオークたちに囲まれていた。


『でも……! 困っている方々を助けるのは、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒として当然のことです』

深羽みはね! あいつらただの違法犯罪者集団だぞ⁉

 おまえがリスク背負って守ってやる必要なんかっ……」



 すると、深羽が微笑んで首を振った。

『……大丈夫、心配しないでください。

 わたしたちは軍人じゃありませんから、ちょっとくらい作戦から逸脱した行動をすることは許容されますし、わたしはとても強いですから。

 ハルちゃんは、しばらく退いていてください。すぐ戻ります」


 そう言うと、すぐに深羽みはね晴矢ハルヤに背を向けた。

 深羽はもう、不法潜伏者のそばに迫っていたオークの元へと向かっていた。

 晴矢もすぐに追いかけたが、駆除用作業着の補助があるとはいえ、疲労が溜まっている分、出足が遅れた。



 深羽みはねは通り道を塞ぐオークを二体ほど屠ると、不法潜伏者たちに英語で叫んだ。

「――このまま西へ! ここを抜ければ戦線は終わります!」

「っ……⁉」

 ぎょっとしたように、逃げ込んできた男たちは意味不明な言語で喚いた。

〈イン・ジ・アイ〉にも緊急交信が入る。どうやら、奴らは闇人ではないらしい。



 やっとのことで追いついた晴矢ハルヤは、不法占拠者たちを睨みつけた。

「馬鹿野郎どもめ、さっさと行けよ!」

「ひ、ひぃっ……!」

 転げるようにして、不法潜入者たちは駆け去っていった。



 オークを倒しながらも、深羽みはねが隣に並んだ晴矢ハルヤを見た。

「――すみません、ハルちゃんまで巻き込んでしまって……」

「いいよ、そんなん。それより、とっとと残りを片づけよう。

 助けたいんだろ? 困ってる奴らをさ」

「はい!」

 嬉しそうに頷き、深羽みはねはまた地を蹴って混戦状態となった戦場に舞った。




 深羽みはねの駆除用作業着の性能は目を見張るものがあった。

 透明に透ける羽を幾重にも従えた姿は、まるで本当に宙を飛んでいるよう。美しい蝶が舞うのを助けるように、晴矢ハルヤも疲労を振り払って戦闘を続けた。


 ……だけど。

 どうしてだろう?

 あれほどまでに強いのに、深羽みはねの姿は、どうしても儚く、脆いものに思えた。


 綺麗だけど、簡単に壊れてしまう。

 彼女が蝶の駆除用作業着を着ているからだろうか。

 深羽みはねの孤独な背中を目にすると、ふいに、誰かの書いた蝶に関する詩が、晴矢ハルヤの脳裏をよぎった。





『――やがて地獄へ下るとき、そこに待つ父母や友人に私は何を持つて行かう。

 たぶん私は懐から蒼白め、破れた蝶の屍骸を取り出すだらう……』





 ……とても、寂しい詩。

 これは、いつ聞いたものだっただろうか?

 続きを思い出す前に、晴矢ハルヤは現実に目を戻した。


 やがてA組の仲間も到着し――、オークの残党は完全に殲滅された。



 ○



「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 やっとのことで最後の一匹を倒すと、晴矢ハルヤはガクガクに震えている膝を地面に着いた。


 血飛沫が出ない分現実味がないように感じていたが、これだけの量を倒すと、やはり目を背けることはできない。

 これは、――紛れもない現実なのだ。



「……お疲れ様です、ハルちゃん。討伐数スコア、確認できますか? 初戦としては驚異的な成績ですよ」

「あぁ、A組の到着が遅れたからな……」


 隣に駆け寄ってきてくれた深羽みはねに、晴矢ハルヤは頷いた。

 討伐数がいいのは、晴矢たち二人がA組に先立って戦線に突っ込んだからだ。



 ……けれど、晴矢ハルヤの駆除用作業着の補助もどうやら限界のようだ。

 全身の疲労感と倦怠感が半端じゃない。

 ようやく到着したクラスメイトたちに労われ、情けないことに肩まで借りながら、晴矢は桜ノ宮女学院に戻ることになった。



 ――その背後では、あの不法潜伏者たちが見物に紛れ込んでいた一般人の男女を人質に取る暴挙に出たために、待機していた警察とやり合っている。


 だけど、もう《人類の敵》はここにはいない。

 晴矢ハルヤたちには、関係ないことだった。



 晴矢は、やっとのことでなんとか右腕を動かし、子供みたいな顔で悲しげに俯いている深羽の頭をぽんと撫でたのだった。


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