●第十七話● 新宿御苑 × オーク


 まだ四月だというのに、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの外の世界では桜の季節なんかとっくに去っていた。


 新宿御苑では、葉桜がもう青々と茂っている。

 ゆっくりと、しかし着実に進む地球温暖化の影響で、どんどん季節が前倒しになってきているのだ。



 そして――《人類の敵》こと外来新種の侵入は、実は植物界にも見られた。

 オークなどの動く《人類の敵》たちの影に隠れて発見が遅れた分、増殖の範囲は大きい。

 在来種と交配しつつ、外来新種に属する植物たちは猛烈な勢いで生息域を広げている。

 十年前と比べて、この新宿御苑の敷地は倍以上にも広がっていた。



 ○



「……あっちじゃ、もうドンパチ始まってるみたいだな」

 すでに、騒ぎが風に乗って届いてきていた。


 都内――いや、今や国内全域の地下に張り巡らされたアンダーグラウンド・チューブを使って、晴矢ハルヤ深羽みはねは指定された地点へとやってきていた。

 が、半数近くの生徒は国道二十号線を走ってきたらしい。


 おそるべし、駆除用作業着の性能。

 おそるべし、桜ノ宮女学院の女子高生たち。



〈イン・ジ・アイ〉で確認すると、A組の連中は到着が遅れているようだった。

 どうやら、対応に当たっていた校内のブルー・スライムが、かなり増殖していて、対応に梃子摺てこずっているらしい。



 ――つまりは、クラスメイトが到着するまで、晴矢たち二人で任務に当たらなければならないということだ。



(……大丈夫かな、俺)



 ……正直なところ、若干ビビッている。



 オークと一口に言っても、種族はそれなりに分かれている。

 日本界隈に現れるオークの多くは海属で、水生モンスターだ。

 ブタのような鼻とイノシシのような牙を持ち、筋骨隆々。

 新宿御苑を縄張りテリトリーとする奴らの群れは、かねてから社会問題となっていた。新宿御苑内の上の池を根城に、周辺の日本庭園を荒らし、夜には人を襲って所持品を奪う事件も確認されている。

 上の池周辺は立ち入り禁止区画に指定され、警戒態勢が取られていた。

 


 しかし、深羽みはねはあくまで暢気だ。

「知能は高くないから、オーク間で使われる言語も単純ですし、数も多くありません。

 たいした連携を取ってくるわけではないですから、慣れれば特に難しい敵ではないですよ。

 見た目が人に近いので、少し怖いですけど……」


(……俺は見た目以外も怖いぞ、深羽みはね

 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんから送られてくる情報を確認して、晴矢ハルヤは肩をすくめた。


「そのオークが、徒党を組んで縄張りを広げ出したってわけか」


「ついさっき、監視に当たっていた警備員に負傷者が出たようですね。避難警報も出ています。

 新宿御苑のオークの縄張りは広範囲に渡りつつありますから、それを利用して、内部で不法潜伏している人間も確認されているようです」


「そういうや、聞いたことあるな。

 人間がオークと闇取引してるって……」


 もしかすると、そいつらは、〈イン・ジ・アイ〉を搭載しない、いわゆる『闇人』という存在なのかもしれない。


 闇人とは、公式には世界のどの国にも所属しないということになっている、アウトサイダーどもだ。


 闇人アウトサイダーどもがオークに対する監視情報の横流しやら物資の供給やらのパイプ役になっている可能性もある。

《人類の敵》に対する時ですら、人間側は一枚岩にはなれないらしい。

 いつの世でも一番怖いのは、現世に生きる人間ってことか。



 ……けれど、そういうのは晴矢ハルヤたちには関係ないことだった。



 晴矢ハルヤたちはただ、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒として課せられた任務をコンプリートするだけなのだ。

「俺たちは、西側区域の敵殲滅担当か」

「A組の皆を待ちますか?」



 遠くから聞こえてくる戦闘の声に耳を傾けて、晴矢ハルヤは首を振った。

「……いや、今すぐ行こう。ここで黙って見てられない」

「ですね」


《人類の敵》と戦っているのは、他でもない同級生の少女たちなのだから。



 ○



 駆除用作業着の補助を受けて走ると、すぐにも上の池が見えてきた。

 まだ到着していないA組担当の上の池西側には、すでにオークの残党が集まりつつあるようだった。

 作戦立案者の思惑が当たったようだ――到着が遅れることが予想されたA組担当域にオークを誘導し、各方面から包囲殲滅。

 それが今回のオペレーションだった。



 羽を翻すように軽く、深羽みはねがあの大剣を掲げた。

〈イン・ジ・アイ〉で検索したところ、ツーハンデッドソード、またはツヴァイハンターというタイプに近い武器のようだ。

 刀身は一・五メートルほどもある。

 個体名称は、『プシューケー』。




『――ハルちゃん、準備は大丈夫ですか?』

 深羽みはねが〈イン・ジ・アイ〉越しに言った、その瞬間だった――複数の黄色い歓声が、オークが現われたのとは反対方向の丘から響いた。

 目をやってみて、晴矢ハルヤはぎょっとした。



「な、なんだよ、あいつら……っ」


 

 丘に集まっていたのは、思い思いの服に身を包んだ若い男女数人――つまりは一般人だった。

 それぞれ、酒やつまみや望遠特化型カメラなんかを手に抱えている。



「――見て見て! あの子、桜ノ宮女学院の生徒じゃない⁉」

「本当に来たよ! うっわ、超可愛いじゃん!」

「もしかして、あの子がCMの――」



 視線を送ってしまったのが悪かった。

 警戒対象と誤認した〈イン・ジ・アイ〉が、必要もないのに彼らの音声を精確に拾う。呆れてモノも言えない。物見高く、《人類の敵》駆除を見物にでも来たのだろうか。



 晴矢は、すぐに深羽に言った。

「あんなの放っといて行くぞ、深羽みはね!」

「はいっ」



 さっさと片づけて、あんな野次馬の目から深羽を――少女たちを守らなければならない。

 


 ○



 すぐに続々と、オークたちが現われてきた。

 くすんだ暗い緑色の肌を持つオークは、それぞれ手に丸太や石をくくりつけた斧のような重量級の武器を持っている。

 あんなモンで殴られたら、それだけで致命傷を食らうのは間違いない。



(――なにがスズメバチだよ⁉)


 

 タテマエにも、程がある!


 見上げるほどの身長とあの重そうな武器を軽々と振りまわせる筋力を持ったオークたちが、群れを成してこちらへ向かってくる。

 動きに統一性はない。

 ただ、同胞を足蹴にしても自分は助かろうと思って、てんでバラバラに動いているだけだった。


 ……しかし、それでも、数十もの数がいると圧巻だった。

 駆除用作業着を着ていても、〈イン・ジ・アイ〉アプリの補助があっても、マグレ当たりを食らうかもしれない。

 そうなれば、どれほどのダメージを食らうのかは想像もつかなかった。

 急激に自分の心拍数が上がっていくのが、〈イン・ジ・アイ〉の表示でわかった。



(模擬戦もまだだってのに、なんてこった!)



 深羽みはねはといえば、動じた様子を微塵も見せずに声をかけてきた。


『抜かせないよう、戦線維持を最優先に……! 無理はしないでくださいね。ハルちゃん』

「了解」

 心配そうな深羽みはねに軽く答えて、晴矢ハルヤは地を蹴って走った。



 その瞬間だった。

 身に着けた駆除用作業着が即座に反応し、淡く光る――!

 同時に、晴矢は自分の体が揺らいで薄らいだことに気がついた。

 オークの視覚能力にとらえられないよう、駆除作業着がステルス機能を発動させたのだ。

 さらに、〈イン・ジ・アイ〉が行う現実拡張範囲が広がり、オークの体温や予備動作から算出される行動予測も目視できるようになった。



 晴矢ハルヤは、専用武器のブルー・ブランドを構えた。

 頭で判断するより先に、体の方が動き出す――〈イン・ジ・アイ〉にインストールされたプログラムに沿って。



「さあ、やるぞ!」


 

 戦線を逃れて駆け込んできた先頭のオークに、晴矢ハルヤは、……いや、〈イン・ジ・アイ〉にインストールされた専用武器の戦闘プログラムは、問答無用で斬りかかった――。

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