●第十六話● チュートリアルはスライム戦がデフォじゃないんですか⁉

「――おお、思ったより軽いじゃん……」



 晴矢ハルヤは、手にした長剣を見て感心した。


 生徒会によって昨日装備が許可されたばかりのそれは、シンプルなデザインだが、なにやら物々しい合金製の長剣だった。

 型は、斎院さや重工製の旧式バスタードソードを模しているらしい。

 固体名称は、駆除用作業着に合わせて『ブルー・ブランド』だって。



 すでに、晴矢の〈イン・ジ・アイ〉にはブルー・ブランドに適応した基本の長剣用戦闘スタイルがインストールされている。

 




「――可愛いですね、ハルちゃんの駆除用作業着」

 

 例のリボンが巻きついた駆除用作業着を着た深羽みはねが、晴矢ハルヤを見るなり開口一番そう言った。


「そう?」

 あんまり嬉しくない。


「これ、スカイ・ブルーっていうんだってさ。

 色がほら、空っぽい青だろ?」

 晴矢は肩をすくめ、深羽に訊いた。

深羽みはねの駆除用作業着も、なにかモデルになってるもんがあんの?」


「わたしののモデルは、ベニスカシジャノメっていうんです。

 蝶々なんですけど、ご存知ですか? ピンク色のめずらしい種類で……」


「待って。今、〈イン・ジ・アイ〉落としてたから」


 起動させた〈イン・ジ・アイ〉で検索して出てきた蝶の画像は、なるほど見慣れないものだった。

 薄桃色の透き通った翅に、深羽みはねの駆除用作業着に巻きついているリボンと同じ濃いベージュのラインが走って、下部に目のような黒丸がある。

 スカートの端の模様は水玉なのかと思っていたら、これは『ジャ』か。


 確かに、深羽みはねの駆除用作業着は、白というよりもほんのりと薄桃色に色づいた透明な布地を何重にも重ねたように見える。

 じっくり眺めたら駆除用作業着の中まで透けて見えてしまいそうな気がして、晴矢ハルヤは慌てて目を逸らした。



「えと……。深羽みはねの駆除用作業着は、斎院さや重工が開発したものなんだろ?」

「そうです。わたしが生まれる前からずっと研究開発をしていたもので、旧型を母も着たんですよ。

 特にこの新型は、これまで開発されたすべての世代着の粋を集めています。

 この駆除用作業着に使われている技術には、斎院さや重工の社運がかかってるんです。

 だから、頑張らないとですよね」


「やっぱりそうなんか」

「ええ。まあ、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒なら皆一緒ですけどね」


 桜ノ宮女学院の生徒が着用する駆除用作業着とそれに付随する武器は、それぞれの個性に合わせてあらゆる身体能力を跳ね上げる性能を持つ。

 その技術は、あらゆるジャンルへの応用の可能性があった。


 もちろんこれは国策事業だから、政府からの補助金も多大に入っている。少なくとも、自家の余剰資産で開発された駆除用作業着を着ている女生徒は一人もいまい。

 

 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんには、ある公然の秘密があった。

 それは、各生徒がそれぞれ国を代表する企業の令嬢だということだ。

 彼女たちのような普通の少女にも十二分に威力を発揮させられる補助スーツというのは、なかなかインパクトがある。



 そして――補助金の額は、女生徒たちの駆除科成績によって多分に増減される。

 ……まさに、お嬢様版仁義なき戦いってわけ。



「ハルちゃんの駆除用作業着も、そうなんでしょう?」

「うん、まあ……」


 深羽みはねに訊かれて、晴矢ハルヤはモゴモゴと答えを濁した。


 この駆除用作業着と長剣は、科学者である両親と祖父母の手によって開発されたものだ。特性、性能ともに、両親および祖父母のひらめきと工夫が随所にちりばめられている。

 コンセプト設定も設計図の作製もすべて家庭内で行われたが、製作工場や素材確保、作業員に工作機械などの提供は、すべて斎院さや重工のライバルメーカー、アメリカのロッキード・マリエッタ社によった。


 ……しかも、どういう魔法を使ったのか、無償で。


 まあ、将来有望な学者に大企業が投資するというのは、そんなに稀な話じゃない。

 待遇は個々で違うだろうが、たぶんこの桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんにも、似たような事情の女生徒もいるんじゃないか。


 ちなみに、神埜家の契約はいわゆるSクラス。

 修理にメンテまで対応してもらえる契約で、見返りは戦闘データの提供くらいのものだ。

 Sクラス契約という通称はともかく、さすがに美味すぎる話ではある。

 タダほど高いものはないというが、果たして……。



(まさかアイツら、外国企業に機密情報でも売り渡したりしてねぇだろうな。それか、スパイとか……)



「どうしたんですか? ハルちゃん」

「あっ、いや、あの……。お、俺の駆除用作業着よりさっ。

 ほら、えっと……。月穂つきほの着てたやつは、わかりやすかったよな。あれのコンセプトは……」



 駆除方法や弱点などが研究された今、『さほど脅威ではなくなった』《人類の敵》から国民の平和と安全を少女たちが代表して守る桜ノ宮女学院の事業は、爽やかなボランティア活動ということになっている。


 ちょっとした悪者を宣伝用の大衆受けする容姿をした美少女たちがやっつけるというのは、適度な娯楽としてもなかなか受けがいい。

 だから、あんな広告動画なんかも流しているのだ。


 一般人は桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの戦う女子高生たちを、甲子園を目指す高校球児のようなものだと思って応援している。



月穂つきほちゃんのは、月の女神ですね。

 弓矢も月の女神の持つ武器ですから、月穂つきほちゃんの駆除用作業着と親和性が高いです。

《人類の敵》用の装備は、〈イン・ジ・アイ〉と深く連動していて、頭の中のイメージとの繋がりがとても大切ですから」


 晴矢ハルヤは、肩をすくめた。

 なんとものほほんとして、優しそうな女神サマである。


 月穂つきほの実家の鈴耶製作所は、大昔から東京は下町に位置する、斎院さや重工の下請け企業だ。

 それが、今回斎院さや重工の手厚い援助を受け、《人類の敵》用装備の独自開発に踏み出し、その成果を社長の愛娘である月穂つきほが着用しているというわけだ。



 だが、もちろん駆除用作業着や武器の持つ『特能』は、企業秘密に当たる。

 だから、同級生とはいっても、詳しい情報を持っているわけではなかった。



「ハルちゃんも、駆除科の授業中や任務遂行中だけは、〈イン・ジ・アイ〉を落とさない方がいいですよ。

〈イン・ジ・アイ〉の補助なしに戦うのは危険すぎます」


「そんなに心配すんなって。俺だって、《人類の敵》と遭遇したことくらいあるし」



 ……と言っても、実のところはスライム系を駆除したことがあるくらいのものだが。

 ナメクジが苦手な母は、同じノリでスライムも苦手だったから、キッチンやバスルームなんかに現れた奴らを、晴矢ハルヤ晴夏ハルカがスリッパでベシャリとやることはよくあった。


 だけどまあ、ナメクジとそう変わらないスライム駆除だろうが、凶悪なオークやドラゴン駆除だろうが、等しく『《人類の敵》殲滅戦』だ。




 だが――、次の瞬間だった。

 訓練室内に、突然神経を逆なでするような甲高い警報が鳴った。

 晴矢ハルヤは慌てて〈イン・ジ・アイ〉を検索して、警報が告げる内容を確認した。

「……任務か!」


〈イン・ジ・アイ〉に頼るまでもなく警報音の種類を覚えているらしい深羽みはねは、すぐに頷いた。




「みたいですね。一年生全員に召集がかかっています。

 近いですね……場所は新宿、新宿御苑ですね。撃破目標は――オークです」


 

 晴矢は、ぎょっとして挙動不審になった。



「……オーク? えっと……、スライムじゃなくて?」

 大事なことなので、深羽が二度言う。

「はい。オークです――あ、オークの群れです」


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