●第十六話● チュートリアルはスライム戦がデフォじゃないんですか⁉
「――おお、思ったより軽いじゃん……」
生徒会によって昨日装備が許可されたばかりのそれは、シンプルなデザインだが、なにやら物々しい合金製の長剣だった。
型は、
固体名称は、駆除用作業着に合わせて『ブルー・ブランド』だって。
すでに、晴矢の〈イン・ジ・アイ〉にはブルー・ブランドに適応した基本の長剣用戦闘スタイルがインストールされている。
○
「――可愛いですね、ハルちゃんの駆除用作業着」
例のリボンが巻きついた駆除用作業着を着た
「そう?」
あんまり嬉しくない。
「これ、スカイ・ブルーっていうんだってさ。
色がほら、空っぽい青だろ?」
晴矢は肩をすくめ、深羽に訊いた。
「
「わたしののモデルは、ベニスカシジャノメっていうんです。
蝶々なんですけど、ご存知ですか? ピンク色のめずらしい種類で……」
「待って。今、〈イン・ジ・アイ〉落としてたから」
起動させた〈イン・ジ・アイ〉で検索して出てきた蝶の画像は、なるほど見慣れないものだった。
薄桃色の透き通った翅に、
スカートの端の模様は水玉なのかと思っていたら、これは『
確かに、
じっくり眺めたら駆除用作業着の中まで透けて見えてしまいそうな気がして、
「えと……。
「そうです。わたしが生まれる前からずっと研究開発をしていたもので、旧型を母も着たんですよ。
特にこの新型は、これまで開発されたすべての世代着の粋を集めています。
この駆除用作業着に使われている技術には、
だから、頑張らないとですよね」
「やっぱりそうなんか」
「ええ。まあ、
桜ノ宮女学院の生徒が着用する駆除用作業着とそれに付随する武器は、それぞれの個性に合わせてあらゆる身体能力を跳ね上げる性能を持つ。
その技術は、あらゆるジャンルへの応用の可能性があった。
もちろんこれは国策事業だから、政府からの補助金も多大に入っている。少なくとも、自家の余剰資産で開発された駆除用作業着を着ている女生徒は一人もいまい。
それは、各生徒がそれぞれ国を代表する企業の令嬢だということだ。
彼女たちのような普通の少女にも十二分に威力を発揮させられる補助スーツというのは、なかなかインパクトがある。
そして――補助金の額は、女生徒たちの駆除科成績によって多分に増減される。
……まさに、お嬢様版仁義なき戦いってわけ。
「ハルちゃんの駆除用作業着も、そうなんでしょう?」
「うん、まあ……」
この駆除用作業着と長剣は、科学者である両親と祖父母の手によって開発されたものだ。特性、性能ともに、両親および祖父母のひらめきと工夫が随所にちりばめられている。
コンセプト設定も設計図の作製もすべて家庭内で行われたが、製作工場や素材確保、作業員に工作機械などの提供は、すべて
……しかも、どういう魔法を使ったのか、無償で。
まあ、将来有望な学者に大企業が投資するというのは、そんなに稀な話じゃない。
待遇は個々で違うだろうが、たぶんこの
ちなみに、神埜家の契約はいわゆるSクラス。
修理にメンテまで対応してもらえる契約で、見返りは戦闘データの提供くらいのものだ。
Sクラス契約という通称はともかく、さすがに美味すぎる話ではある。
タダほど高いものはないというが、果たして……。
(まさかアイツら、外国企業に機密情報でも売り渡したりしてねぇだろうな。それか、スパイとか……)
「どうしたんですか? ハルちゃん」
「あっ、いや、あの……。お、俺の駆除用作業着よりさっ。
ほら、えっと……。
駆除方法や弱点などが研究された今、『さほど脅威ではなくなった』《人類の敵》から国民の平和と安全を少女たちが代表して守る桜ノ宮女学院の事業は、爽やかなボランティア活動ということになっている。
ちょっとした悪者を宣伝用の大衆受けする容姿をした美少女たちがやっつけるというのは、適度な娯楽としてもなかなか受けがいい。
だから、あんな広告動画なんかも流しているのだ。
一般人は
「
弓矢も月の女神の持つ武器ですから、
《人類の敵》用の装備は、〈イン・ジ・アイ〉と深く連動していて、頭の中のイメージとの繋がりがとても大切ですから」
なんとものほほんとして、優しそうな女神サマである。
それが、今回
だが、もちろん駆除用作業着や武器の持つ『特能』は、企業秘密に当たる。
だから、同級生とはいっても、詳しい情報を持っているわけではなかった。
「ハルちゃんも、駆除科の授業中や任務遂行中だけは、〈イン・ジ・アイ〉を落とさない方がいいですよ。
〈イン・ジ・アイ〉の補助なしに戦うのは危険すぎます」
「そんなに心配すんなって。俺だって、《人類の敵》と遭遇したことくらいあるし」
……と言っても、実のところはスライム系を駆除したことがあるくらいのものだが。
ナメクジが苦手な母は、同じノリでスライムも苦手だったから、キッチンやバスルームなんかに現れた奴らを、
だけどまあ、ナメクジとそう変わらないスライム駆除だろうが、凶悪なオークやドラゴン駆除だろうが、等しく『《人類の敵》殲滅戦』だ。
だが――、次の瞬間だった。
訓練室内に、突然神経を逆なでするような甲高い警報が鳴った。
「……任務か!」
〈イン・ジ・アイ〉に頼るまでもなく警報音の種類を覚えているらしい
「みたいですね。一年生全員に召集がかかっています。
近いですね……場所は新宿、新宿御苑ですね。撃破目標は――オークです」
晴矢は、ぎょっとして挙動不審になった。
「……オーク? えっと……、スライムじゃなくて?」
大事なことなので、深羽が二度言う。
「はい。オークです――あ、オークの群れです」
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