●第十五話● いやだから、着替えはキツいって

(――見ないように、見ないように)



 そう念じながら、晴矢ハルヤは許可が下りたばかりの専用駆除用作業着――固体名称『スカイ・ブルー』に袖を通した。



 なんとこの駆除用作業着、下着を着用せず裸で着る仕様なのだ。



 だが、どうしてもそんな気になれず、晴矢ハルヤはトランクスを履いたまま強引にいくことにした。


「くっ……、キツいな。上まで上がらねえ……」


 どうやっても、トランクスが引っかかって上手くいかない。

 どうやらこの駆除用作業着は、晴夏ハルカの体に寸分の狂いもなくフィットするように造られているらしい。


「はぁー……。仕方ないか」


 今日の一時間目は、駆除科の模擬戦なのだ。

 そして、晴矢ハルヤにとっては、〈初陣〉でもある。



 昨日の月穂つきほと同様に、敵はブルー・スライム。

 深羽みはねがフォローでついてくれる予定だから、これは二人組バディ任務というわけだ。


 ちなみに、晴矢ハルヤたち以外のA組メンバーは別行動らしい。

 昨夜ダイニング・ホールで暴れたブルー・スライムの分身が校内で見つかって、駆除に当たるんだって。



(……それにしたって、俺は転入してきたばっかりだってのに、ハードすぎないか?)

 

 まあ、月穂つきほの話を聞いた限り、ココでは駆除科の成績がすべてを決めるようだから、そういうスケジュールになるのも仕方ないのかもしれないが……。



 だけど、さすがの晴矢ハルヤも、今日こそはまともに駆除用作業着も身に着けてない状況で突撃する勇気はない。

 意を決して、晴矢ハルヤは、トランクスを脱ぎ捨てることにした。



「み、見ないぞ……、見てないぞ……」

 


 いくら双子とはいえ、相手は女だ。

 プライバシーとか人権とか恥じらいとか、とにかくそんな感じの理由で、とにかく裸を見るのはよくない。

 これまでの生活でも、極力『下』だけは見ないようにしてきた。

 幸いなことに、男と違って女のそこは目を逸らしていればそうやすやすと視界に入ってくるものではない。


 ちなみに上は、下ほどは苦労しなかった。

 晴夏ハルカの胸は、平たいまな板に大事なところが乗っかっているような状態で、その大事な突起自体も、さすが双子ということか、うっかり見てしまった瞬間に『あっ……』と複雑になった。



晴夏アイツの胸はまあ、俺のとまるっきり一緒だしな……」



 率直に言って、上半身だけを横に並べられてもどっちが晴矢ハルヤの裸でどっちが晴夏ハルカの裸かわからないと思う。


 晴夏ハルカの胸の膨らみは、筋トレで多少盛り上がった際の晴矢ハルヤの胸筋とほぼ区別がつかない。

 ほくろ・・・の位置までまったく一緒だということも、最近の発見だ。



『――おいコラ、誰がまるっきり一緒だ⁉ 聞き捨てならんぞ、お兄っ!』

 


 急に脳内にホットラインが繋げられて、晴矢ハルヤはぎょっとした。

「……晴夏ハルカっ⁉ お、おまえなあ……!」



 なんつー時に〈イン・ジ・アイ〉回線を繋いでくれるのだ。

 今は――妹の体をすっぽんぽんにして着替えをしている真っ只中だというのに。



『お兄が失礼なことを言うからだろうが! まったく、誰がまな板だ、誰が。

 レディのデリケートな部分に対して物言いをつけられる身分か、このゴミカスめ。このままただで済むと――』


「うるせえ! 俺の思考は、思想の自由によって憲法で保証されてるんだ!

 余計な口出しされる覚えはねえっ!」


 なんだかすべてが馬鹿らしくなって、晴矢ハルヤは強引に〈イン・ジ・アイ〉回線をオールアウトさせた。

 さすがの晴夏ハルカだって、まさかシャットダウン状態の〈イン・ジ・アイ〉を外部から起動させることはできないはずだと信じて。



「あー……。なんか、気ぃ遣ってんのが本気でアホらしくなってきたぜ……」

 


 やり方さえ知ってれば、脳内の〈イン・ジ・アイ〉を使えば一瞬にしてどんな過激な画像でも動画でも閲覧できる時代だ。

 世界人口の半分にくっついているもんをちょっとやそっと見たか見ないかなんて、そう深刻に考える問題でもない気がしてきた。

 ……そりゃ、その対象が知っている女となれば話は別なんだけど。


 無心になって、晴矢ハルヤはトランクスを脱ぎ捨てた。



 ○



 神埜家が研究開発したのは、快晴をイメージしたと思しきスカイ・ブルーを基調とした駆除用作業着だった。

 女子高生の制服なんて目じゃないくらいの強烈な女装――と思っていたが、そうでもなかった。

 支給された駆除作業着の下半身が、スカートだとかフリルではなくパンツタイプだったからだ。


 ゴツい踵のブーツを履くと、ちょっと背が高くなったように感じた。

 上半身はピッチリ体にくっついたコルセットのような仕上がりで、首輪みたいな飾りがついている。


「……俺は犬か」



 がっくりと肩を落として、晴矢は無我の境地で駆除用作業着を着た。

 悟りを開いた時の仏陀も、こんな気持ちだったのかもしれない。


 

 駆除用作業着、装備完了。

 さあ――更衣室の外で、深羽が待っている。

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