●第十四話● 密談は、ヒミツの場所で


《人類の敵》居住区になっている構造物の内部に、奴ら・・は飼われていた。



 カグヤ・タワー並みの厳重なセキュリティを抜け、七本の石柱と無機質なブロックが幾何学的に組み合わされたその施設に入ると、中は迷宮のようにいくつもの細い回廊に分かれていた。


 ブルー・スライムは、エントランスから最も近いタイル張りの部屋に居を構えていた。

 さっきの模擬戦で相当消耗しているのか、ブルー・スライムはどろんと体を床に横たえている。



 ずいぶんと小さくなったブルー・スライムを見て、月穂つきほが首を傾げた。

「……あれぇ? お水切れちゃってるみたいだね。

 どうしたんだろう?」


 すると、深羽みはねが人差し指を顎に当てた。

「もしかして、『岩子いわこさん』がお風呂に入ってるのかな……?」



「岩子さん?」

幽霊ゴーストの女の子です」

幽霊ゴースト?」



「はい。もう少し奥の部屋に住んでるんですよ。

 他にも住んでる方がいます。

 悪戯好きのニンフちゃんとか、お手紙と本が大好きな文車妖妃ふぐるまようひさんとか、とっても物知りな年配のドラゴンさんとか……」


「そんなにいんの?」


「ここは、《人類の敵》用の寮みたいなもんなんだよ。

 皆気難しいから、人によっては会ってもらうのも難しいんだけどね。

 でも、深羽みはねは特別。人気者だもん」


 月穂つきほが言う。

 その深羽みはねは、水量メーターを背伸びをして確認していた。


「……やっぱり岩子さんがお水を使ってるみたいですね。岩子さんに、お水をこちらにまわしてもらえるように頼んできましょうか」



 深羽みはねの後について、晴矢ハルヤ月穂つきほも回廊を進んだ。



 ○



「――しかし、ドラゴンって、マジ?

 そんなん、捕まえられんの……?」

盾羽たてはお姉様が捕まえたんだよ!

 ハルは、去年の五月祭メイ・デイの中継見なかったの?

 日本中、大騒ぎだったんだから。去年の五月祭の女王メイ・クイーンは文句なしに盾羽お姉様に決まって――」



 興奮した月穂つきほが、頬を赤らめて嬉しそうに語る。

 まるで、自分のことを自慢しているみたいだった。

 留学に向けて勉強漬けだった晴矢ハルヤは知らなかったが、そんなことがあったのか。



「ドラゴンのために、この《人類の敵》居住区は大改築されたんだからっ。

 ここから地下五十メートル掘ったところに、ドラゴンの部屋があるんだよ。それでね、それでね……」




 ……やっとのことで辿り着いた岩子さんとやらの部屋からは、ほかほかと湯気が溢れ出ていた。

 それから、サーッと流れるシャワー音。

 なるほど、確かに彼女は風呂好きらしい。

 今も入浴中のようだ。



 さすがに入浴の場に踏み込むのは遠慮して晴矢ハルヤたちが外で待っていると、岩子さんと話しているらしき深羽みはねの囁き声が聞こえてきた。



「――あの、岩子いわこさん、ブルー・スライムさんがお疲れなので、一度お風呂のお湯を……。

 ……えっ? あ、あの本、ですか……? それはまだ……。

 は、はい、読めてないんです。ごめんなさい……。岩子さんのお友達がせっかく書いてくださったのに……。

 いえ、あの、前にも言った通り、いくら岩子さんのお願いでも、わたし宛にいただいた女の子達からのお手紙は渡せません。確かにたくさんいただきますけど……。

 え、ただの手紙じゃなくてラブレターじゃないかって? そ、それはわかりませんが……。

 でも、その、やっぱり、わたしのために皆さんがわざわざ書いてくださったものですから……」



 なにやら、交渉は少々難航しているようだ。



「手紙って、なんだ?」

「うーん、なんだろね……? 確かに深羽は後輩の女の子達からいっぱいお手紙もらってるんだけど、それのことかなぁ」


 月穂にもよくわからないらしい。

 すると、深羽はようやく岩子さんの承諾を取りつけたようだ。

 ブルー・スライムの部屋にもやっと水がまわり、あっという間にブルー・スライムがその体積を取り戻していくのを確認する。

 しかし……。



(……回復速度、速すぎねえ?)


 これは、コイツらが単純構造のスライム系だから特別なのだろうか。




 もし《人類の敵》居住区から脱走するようなことになったら――、果たしてどうなるのだろう……?





 ○




 晴矢ハルヤたちが去った後で、ほかほかと湯気の立つ湯殿で人外たちはわらい合っていた。



「――うふふ、うひっ、うひひひひ。

 相変わらず、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいん中君なかのきみは純情でかわゆいですねえ。

 ああでなくっちゃ、こねくり甲斐がありません」



「こら、あんまり調子に乗るんじゃないの。

 あんたみたいな馬鹿がしゃしゃると、上手くいくもんも上手くいかなくなるわ。

 それにしても、本当にあの女・・・の言う通りになるかしら?

 ――今年の桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいん五月祭メイ・デイが楽しみね」



「うふふふふふ。岩子ちゃんったら、本当にクソみたいな性格してますねえ。

 ワタクシ、岩子ちゃんのそういうところ、だぁい好きですよぉ」



「あっそう。あたしはあんたのことはそんなに好きじゃないわ。

 太ってるし、垢抜けないし」



「あんっ。酷ぉい! ワタクシたち、親友なのにぃ~」



 存外嬉しそうな嘆き声と、陰険な笑い声が交じり合う。



「ああん、この桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいん大図書館・・・・に早く入ってみたい。

 ワタクシの願いが、本当に叶うんでしょうか? 楽しみで仕方がありませえ~ん」




 今度の桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいん五月祭メイ・デイで一波乱が起きることを知っている者は、――まだ少ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る