●第十二話● モンスターまで、箱入り



月穂つきほちゃん、模擬戦の事故では大変でしたね。

 怪我しませんでしたか?」



「う、うん、平気! ハルと深羽みはねが助けてくれたから……。

 二人に助けられて、あたし、皆に羨ましがられちゃったよ。鈍くさくって、ほんと申し訳ないや」


 えへへと恥ずかしそうに笑って、月穂つきほが髪を掻いた。



「ハルは、体調どう?

 急に気分が悪くなったから、早退して寮の部屋に帰ったって聞いたけど……」

「ああ、それならこの通り大丈夫」

 

 心配そうな顔をしている月穂つきほに、晴矢ハルヤは頷いた。

 気分が悪いというのは本当にそのままの意味で、気分だけの問題だ。

 あまりにも激変した環境に、メンタルがオーバーヒートしてしまったのだ。

 体の方は、まったくもって問題ない。


「ほんと? よかったぁ。

 模擬戦であたしを助けるために無茶したから、そのせいで怪我しちゃったのかと思ってたんだ」

「俺、体だけは丈夫だから」


 身体能力なら、妹にも負けたことがない。

 ……確たる性別の差による筋肉量の違いは、まあ置いとくとして。



「ハルも早く専用の駆除用作業着の使用許可が下りるといいね。

 駆除用作業着があれば滅多なことがない限り怪我をすることもなくなるし、動きも凄く良くなるんだよ。脱いだ時の落差がキツいけどね。駆除用作業着を作った模擬戦で訓練を積んだら、いよいよ実戦参加だね」


 自分のことのように嬉しそうに、月穂つきほが言う。

 駆除用作業着ってのは、月穂つきほ深羽みはねが着ていたあの特殊装備のことだ。



「その、今日の模擬戦のことなんだけどさ。

 あれって、どういうシステムで《人類の敵》を呼び出してんの?

 立体映像じゃないんだよな? 実体があったし」

「ああ、あのブルー・スライムはね、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんで管理してる模擬戦専用の個体なんだよ」



「え、《人類の敵》って管理できるのかっ?」

「うん、注意は必要だけどね。訓練室内の環境条件設定で、スライムの場合は、分裂速度とか移動速度、反応速度を上げたり下げたりできるの」

「はぁ……」


 そんなことまで可能になっているとは、ちっとも知らなかった。



 桜ノ宮女学院が《人類最後の砦》だというのは大げさだと思う。



 だが、《日本の命運を握っている》という程度の表現なら、……あるかもしれない。

 今や《人類の敵》対策技術は、国家機密と言っても過言ではない。

《人類の敵》対策において、国家間の連携よりも研究開発競争が過熱されているのが現状だった。

 なぜなら、すなわちそれら技術は、即時軍事転用可能だからである。

《人類の敵》への殺傷能力の高さは、兵器としての性能に置き換えられる。



 特に、化石みたいな憲法に両手足を縛られたこの日本では、《人類の敵》対策技術開発は、国防の生命線を握った。

『軍用ではない』技術開発というタテマエの下、日本は、《人類の敵》対策技術の最先端を諸外国と競っている。



 ○



「……だから、さっきのはたぶん、駆除科成績の上位ランカーの誰かが個人トレーニング用に弄ってた設定が残っちゃってたんじゃないかな」

「上位ランカー?」

「そう。うちのガッコは、進路も将来も家のコトも全部、駆除科の成績で決まるんだ。皆必死だよ」


 へえ――お嬢様版、仁義なき戦いってか。


「大変なんだな」

「競争だもん。だけど、これからはハルも他人事じゃないよ。

 皆深羽みはねみたいになりたくて一生懸命トレーニングしてるんだから」


 月穂つきほが言うと、深羽みはねは頬を赤らめた。


「そんな……。わたしなんてまだまだですよ、月穂ちゃん」

「そんなことないって、深羽は凄いよ。

 負けないように、あたしも頑張らないとだよ」



 まったく知らなかった。

 こういった諸々の機密情報が漏れないよう、この桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんに入学した者たちには、〈イン・ジ・アイ〉等による外部への通信は厳しい監視が入る。


 だから、こういった情報を外部の人間が手に入れるのは、非常に難しい――あの変態的かつ天才的な技能を持つ晴夏ハルカみたいな奴を除けば。




「でも、さっきだいぶ分裂した目をやっつけちゃったから、ブルー・スライム君、疲れてるかもしれないですね。

 後で、大好物の綺麗なお水をいっぱいあげに行きましょう」

 

 深羽みはねが暢気に言う。

 月穂つきほもうんうん頷いている。



 スライム系は、核となる一番巨大な目玉が心臓に当たる。

 他の分裂して増えていく目は、人間にたとえれば髪とか爪みたいなものなのだ。

 本体から完全に切り離されれば本体とは別の生きた個体として活動するが、深羽みはねくらいの速さで攻撃されれば、そんな暇はなさそうだった。



「ブルー・スライムに水ねえ……」

 あっちは本気で殺意を持って深羽みはね月穂つきほを襲っているように見えたが、このお嬢様方にかかると、ブルー・スライムなんかただのペット感覚だ。


 だいたい、ブルー・スライムの大好物が綺麗な水だなんて聞いたこともない。

 むしろ、人目につかないところに溜まった淀んだ汚水にたかって増えていくイメージだが……。

 いや、そういえば模擬戦専用のブルー・スライムの色は、これまで見たこともないくらい澄んだ青だった。



「模擬戦用のモンスターですら、箱入り仕様かー……」

 そうぼやいてみてから、晴矢ハルヤは、ふと止まった。



「……ん?」



 ふいに――、月穂つきほの髪の中で、なにかがキラッと光った気がしたのだ。



 晴矢ハルヤは、肩まで伸びた月穂つきほの髪をじっと見つめた。

 ヘアピンかなにかだろうか。



「ほえ……? な、なに? どうしたの? ハル」

 


 晴矢ハルヤの目線に気がついて、月穂つきほがどぎまぎと赤くなる。

 月穂つきほは、助けを求めるように隣の深羽みはねの袖をちょいっと掴んだ。


「いや。ちょっとさ、それ――」

 


 月穂つきほの髪に、晴矢ハルヤが手を伸ばそうとした瞬間だった。月穂つきほの髪が、まるで風が吹いたかのようにふわっと揺れる。



月穂つきほちゃんっ……!」



 晴矢ハルヤが声を上げるより前に、深羽みはねが叫んだ。

 月穂つきほの髪の隙間に、――ブルー・スライムの欠片が潜んでいたのだ。

 ブルー・スライムが、まるで触手を伸ばすようにして、月穂つきほの髪からはみ出してくる。



「……っ⁉ ひにゃあっ⁉」



 ようやく月穂つきほも気がついて、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。



「うにゃぁっ⁉」




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