●第十一話● あの、だから、ハルちゃんは大丈夫です


「……ハルちゃん? 具合はどうですか?」




「!」


 聞こえてきた声に、晴矢ハルヤは跳ね起きた。

 ドアは開いていないのに、ぐしゃぐしゃになっていた髪を急いで手で整えてから、晴矢ハルヤは声を返した。



「み、深羽みはね? なに……?」


「そろそろ夕食の時間だから、呼びに来たんです。

 ハルちゃん、お昼も食べてないでしょう? あんまり食べないのも体に悪いと思って……。

 どうですか? もし体調がつらくなければ、夕食、ご一緒していただけませんか?」



 ああ、夕飯か。

 そういえばそんな時間だなと、〈イン・ジ・アイ〉が教える時刻で納得する。

 途端に、腹がグーグー音を立てた。

 このままベッドの中に逃げ込んでいたい気持ちはやまやまだったが、どうやら女になったからといって、背に腹は代えられないようだ。



「……わかった。それじゃ、行くからちょっと待ってくれ」



「はい、ありがとうございます」

 嬉しそうな深羽みはねの声が、ドア越しに返ってきた。



 ○



 女子寮から渡り廊下を通ってカグヤ・タワーに入ると、二階がダイニング・ホールだった。窓の外を眺めると、すぐそばに、今ではもう使っていないという古めかしい旧校舎のなにもない屋上が見える。



 ダイニング・ホールには、すでに無数の女生徒が溢れていた。


 ビュッフェ・スタイルの食事がずらっと並び、皆ビュッフェ・トレイを手にして好きなメニューを選んでいる。高級五つ星ホテルさながらの豪華さで、楽しそうな甲高い笑い声がそこかしこから響いていた。



「……マジで凄えのな。金かけすぎだろ」


 高い高い天井でキラキラ輝いているシャンデリアを見て、一周まわって感心した。

 ここまで施設に金がかけられているとは思わなかったが、さすがは、《人類最後の砦》だ。



 ――《人類最後の砦》。

 

 もちろんそれは大げさな別称で、匿名性のインターネットサイトくらいでしか使われていない。が、一説によれば、桜ノ宮女学院のカグヤ・タワーの地下シェルターには、都市規模の快適な生活空間が作られているという。

 そこには選りすぐりの優れた精子が冷凍保存されており、人類存続の危機が訪れたりなんかした際には、カグヤ・タワー内でしばらく人類最後の希望としてこの学院の少女たちが生き残っていけるようになっているらしい。


 ……って、なんつー都市伝説だ。アホらしい。

 




「わたしも、最初にこのダイニング・ホールに来た時は驚きました。びっくりしますよね」


 深羽みはねが隣で言う。

 その態度は、今朝初めて会った時となんら変わったところはないように思えて、ビュッフェ・トレイを持って一緒に列に向かいながら、深羽に訊いてみた。



「……なあ、深羽ってさ。その……、気にしないわけ? 俺がこういう喋り方だったり、男物のパンツ……。えっと、男物の下着を使ってたりするの」


「あっ……。えっと……」



 深羽みはねは、ビックリしたように言葉に詰まってしまった。

 やっぱり聞かなければよかったかもしれない。

 隣で、深羽の顔がどんどん赤くなっていく。そのうちに頭のてっぺんから湯気でも出てきそうな勢いだ。


 なんだか不当に女の子を困らせている気になって、晴矢ハルヤは質問を撤回することにした。


「悪い。答えにくかったらいいんだ」

「い、いえ、そんなことは……」


 深羽みはねは、ビュッフェ・トレイを見つめながら、小さな声で答えた。



「あ、あの……。確かに、ちょっと驚きましたけど、でも、そういうことって人それぞれだし、先生には秘密にしてるけど、そういう子も中にはいますから。

 だから、その、心配しないでください。

 皆、変に思ったりしませんから……。

 もちろん、わたしもです」



「……えっ⁉ 俺の他にもそういう奴がいるのか……?」



 もちろん、晴矢ハルヤみたいに正体は男――というわけではないだろうが、晴矢ハルヤは驚いた。


「はい……。本当にいろんな子がいますから。

 皆、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんに入る以上はちゃんと覚悟を持っています。

 だから、変に自分を偽ったりはしないようにしてるんだと思います。そういうのって、限られた時間しかない中では、凄くもったいないことですから……」



 気がついたら、ビュッフェ・トレイを持つ晴矢ハルヤの手を深羽みはねの小さな手がきゅっと握っていた。

 顔を真っ赤にしながらも、深羽のその手に迷いはなかった。



「……あの、だから、ハルちゃんは大丈夫です」



 ○



「二人分席が空いているところは、あるかな……」

 メニューを取り終わったところで、爪先立ちになって背伸びをして深羽みはねがきょろきょろしている。

 一緒になって席を探していると、月穂つきほが手を振っているのが見えた。


 制服のブレザーや髪留めなんかを置いて、二人分の席を確保してくれている。

 あんな小さなヘアピンで予約席の印になるのかは定かじゃないけれども。……って、あの感じ、なんかほんとに女の子だ。


 

 すると、

「――ごめんね、席、ここでよかったかな?」

 なぜか席を取っておいてくれた月穂つきほが謝って、晴矢ハルヤたちをテーブルに招き入れた。




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 ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。

 凄く感謝しています。


 続きは一週間以内に公開予定です!

 読んでいただけたらとても嬉しいです。

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