●第十話● 妹、襲来


「はあぁ……。殺す気か、俺を」



 やっとのことで女子寮の自室に入ってベッドにうつ伏せで倒れ込んで、晴矢ハルヤは呻いた。


 枕に顔をうずめると非常に呼吸しにくくなったが、むしろそのまま死にたい気分だった。頬には、強引に押しつけられた七緒の胸の柔らかい感触が、まだ生々しく残っている。

 


 ごろんと転がって見えたのは、隣の空きベッドだった。

 つまりは、この寮部屋は相部屋なのだ。


 晴矢ハルヤ桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんではイレギュラーの編入生だから、相方はいない。

 けれど、いずれ新しく女生徒が来る可能性はゼロではない。



 こんな状況で部屋でも一人になれないとしたら――たぶん死ぬ。



「なんだって女しかいねえんだよ、ここは……」



『――なーにを当たり前のことを。桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんは、女子高なのだよ?』

「……んなっ⁉」

 ぎょっとして、晴矢ハルヤはベッドから跳ね起きた。



 勝手に晴矢ハルヤの〈イン・ジ・アイ〉がスリープ状態から起きて、誰かに無声通話ノーボイス・フォンを繋いだのだ。

 こんなことできる奴は、一人しかいない。



『予想通り、だいぶグロッキーみたいだな、お兄。開き直って楽しんじゃえばいいのに』

 脳みその中で、音のない声が喋る。

 晴夏ハルカだ。



「お、おまえな……! 勝手に人の〈イン・ジ・アイ〉を無理やり操作するんじゃないって何回言えばわかるんだ⁉」



『いくらメッセージを送ってやっても返事がないから心配でコールしてみたのに、酷い言い振りだなぁ……。

 でもまあ、しょうがないか。

 初めての環境だし、慣れるまではまだまだ時間がかかるだろうからね。とにかく双子の妹としては、兄の幸せを祈るばかりだ。

 ――え? ボク? ボクの方はバッチリだよ、プレで受けた試験の成績はもちろん断トツだし、論文の内容も認められていくつかの研究チームから声をかけられたよ。

 ま、協力プレイは苦手だから予算と研究施設だけ使わせてもらうことにするけどね。残念ながらボク以外に使える人材はいないみたいだし。

 ああ、私生活も充実してるよ。早速彼氏も彼女もできた』



 勝手にペラペラと自分の近況を語る妹に、晴矢ハルヤは目ん玉が飛び出しそうになった。



「は……、はっ⁉ か、かか、カカカカカァッ⁉」



『カラスか、お兄は。ま、お先に悪いね。

 それじゃ、こっちも忙しいから、そっちはそっちで適当に頑張ってくれたまえ。ハーッハッハ!』



 悪の大魔王みたいな高笑いを無音エフェクトつきで残して、晴夏ハルカのメッセージは脳内から消えていった。



 そうなのだ。

 妹は国際法で禁じられている〈イン・ジ・アイ〉ハッキングの常習で、勝手に他人の〈イン・ジ・アイ〉を起動させて脳内で相手の声を認識できる通話技術〈無声通話〉を繋ぐくらい朝飯前なのだ。

 今のところ晴夏ハルカが侵入するのは晴矢ハルヤの〈イン・ジ・アイ〉に限られるが、そのうち奴が国際指名手配されても驚かない。驚かないぞ決して。



「なんつー奴が妹なんだよ……」



 再び晴矢ハルヤは、枕に顔を突っ込んだ。

 泣きたい気分だった。

 



「チクショウ……。彼氏に彼女って……。俺の体で、勝手なことするなよなあぁ……」




 ○




 しばらく一人で部屋に閉じこもっていると、ふとドアをノックする音が聞こえた。

「……ハルちゃん? 具合はどうですか?」






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 第十話まで読んでいただき、ありがとうございます!


 続く第十一話は一週間以内に公開予定です!

 読んでいただけたらとても嬉しいです。

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