●第九話● 女教師の熱血指導
それからなにも状況が変わらないまま、〈イン・ジ・アイ〉が告げるところによると、五分と三十二秒が経った。
どうやら我に返って冷静になっているのが自分だけだと悟ると、
「あのー……。七緒先生?」
「う、う、う、うん……。なぁに、神埜さん」
(自分から呼び出して無理やりスカートを捲り上げた挙句にパンツまで見ておいて、『なぁに』もなにもないだろうが……)
内心でそう思ったが、
「とりあえず立ってもらえます? 一生このままってわけにはいかないでしょう、お互いに」
「そ、そ、そうね……」
声を震わせながらも、七緒はおずおずと立ち上がった。
「ご、ご、ごめんね? 本当に偏見はないの。ただ、ああいう下着って、文献の中でしか見たことなかったから……」
「……そうなんですか」
いろいろ突っ込みたいことがあったが、とりあえずそれは後に置くことにした。
そういえば、この
なら、箱入り育ちで成人して、大人になった今も箱に入ったままということもあり得るのかもしれない。
「でも、別にいいのよ? 本当に気にしないで。
だから、別に院則違反ではないの。だからその、安心してね」
「あの、このトランクスはですね……。
……えーと、女物のパンツってあんまり好きじゃなくて、ずっと前からこういうのを履いてるんです。
それだけのことなんです」
「そ、そうなの?」
「はい。七緒先生も試してみたらどうですか? 結構いいですよ、履き心地」
「い、いえ、それは遠慮しておくけどっ……」
ぶるぶると首を振って、七緒は
それから、ようやく少しずつ冷静になってきたのか、七緒はやっと
「あの……。ずっと前からって、今言ったわよね? 神埜さんって、自分のことも『俺』って言うし……。そういうのって……、ひょっとして双子のお兄さんの影響?」
「!」
――鋭い。
確かに――いつの間にか自称が『俺』に戻っていた。
どきっとして、
七緒先生の年齢は、個人情報保護の観点からか、〈イン・ジ・アイ〉には載ってなかった。
だけど、おそらく二十代前半だろうか。
まだ若いのだろうが、
スーツ越しでもわかる成熟した体のラインや、化粧の感じも同年代とは違って、よく見ると色っぽい
けど、中身は完全に
「……先生ね、あなたの身上書を見たの。
双子のお兄さんとは学校の成績や論文の優劣を競う仲で、ずいぶん複雑な関係だったみたいね。
あなたはお兄さんよりもずっと優秀だったけど、ご両親のご意向で研究者の道には進めずに、この
あなたには、お兄さん以上に能力と将来性があるから」
「……」
七緒は、〈神埜晴夏〉の良き理解者になろうというのか、熱心な顔で
「お兄さんよりずっとずっとずっとずぅー……っと優れているというのに、ただ女だからってそんな目に遭って、悔しかったり、納得がいかなかったり、……いろんな感情があると思う。
でも、この
約束するわ。だから、そんなにガッカリしないで。これは絶対に挫折なんかじゃないんだから!」
「……はぁ……、……それはどうも……」
確かに、別の意味でいろんな感情が胸に湧いた。
主には、七緒の今の刺さりすぎる発言のせいで。
けれど、七緒はそんなことにはちっとも気づかない様子で、そのご立派な胸の谷間に
「大丈夫よ、神埜さん! これからいっぱい、一緒に高校生活を楽しみましょう!
あなたにはまだまだこれから、とってもとっても楽しい思い出がたっくさんできるんだから。ね⁉」
無遠慮に柔らかな双丘が頬を圧迫して、息ができなくなる。
一気に顔に熱が集まってきて、
「わっ、わかりました! だからさっさと離れてくださいっ……‼」
「いいのよ、先生にだけは甘えても!
ご両親にはきっと素直に気持ちを打ち明けることすらできなくて追い詰められてたんでしょう? だから、双子のお兄さんの真似をして、下着や喋り方まで……。
いいの、全部先生わかってるから! だから心配しないでっ……」
七緒の声は掠れている。
(……げっ、マジかよ! こんな茶番みたいなインスタント人生相談で泣いちゃうわけ? 箱入り育ちって)
そう思っている
――なんと、廊下で待ち構えているクラスメイトの箱入りお嬢様たちが、揃ってハンカチを目に当てて感涙していた。
……無性に、地平線の果てまで逃げたくなった。
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