●第八話● 先生! スカート捲りは犯罪なのでは⁉


「ちょっと個人指導室まで来てくれるかな? ――神埜さん」



 どこか迫力を感じる強張った笑顔で、担任の七緒ななお先生が晴矢ハルヤをそう呼び出した。



「ああ、……ハイ」

 肩を落として、晴矢ハルヤは頷いた。



 まあ、仕方ないか――七緒ななおが止めるのも無視して、強引に月穂つきほのいる訓練室に飛び込んだんだから。



 だけど、当然ながら不満もあった。


 不本意ながら、晴矢ハルヤはこの桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒になったのだ。

 この学校の生徒は、学科活動の一環としてボランティア的に《人類の敵》駆除を行う。

 これから一般人だった頃とは比べ物にならない数の《人類の敵》と戦うんだから、ちょっとくらい先走ったって、そう目くじら立てなくてもいいだろう。

 むしろ褒められたっていいと思うんだが……。



 しかし、個人指導室に入ってみると、晴矢ハルヤを待ち構えていたはずの七緒ななおは、なぜかぎょっとしたように飛び上がった。

 さらには、頬を赤らめて目を泳がせ始めた。



「あっ……、神埜さん……⁉

 あ、あの……。よ、よく来てくれたわね」

「ええ……、どうも」



 なにか変だ。

 一瞬晴矢ハルヤの目を見ると、また七緒ななおは戸惑うように目を逸らしてしまった。

 そして、なぜか、沈黙。

 しばらく指を絡め合わせてそわそわとした後で、彼女は言った。



「あの――あのね、恥ずかしがらずに聞いて欲しいんだけど……」

「はい」



「……」

「……」

「……」

「……」



「……あの?」

 なんだ、この沈黙は。



 怪訝に思って、晴矢ハルヤは眉をひそめた。

 すると、おろおろと動揺している様子の彼女は、独り言のように口の中で呟いた。


「……ああん、もうっ。

 なにから話せばいいのかな、先生もこういうことは初めてのケースだからっ……」

「……? はぁ……」


 晴矢ハルヤは、つい首を傾げた。

 

 これまで桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒でああいうことをする奴は皆無だったのだろうか?


 確かに桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんは超のつくお嬢様学校だし、優等生が集まりやすい校風なのだろうが……。



 しかし、それにしたって、この女教師はなぜだか妙にもじもじしている。

 いったい、なんなんだ。

 晴矢ハルヤが訝っていると、七緒ななおが意を決したようにこちらを見た。



「あ、あ、あのね! 神埜さん!

 先生、絶対変な目で見たりしないから、大丈夫だから、お願いだからっ、先生を信頼して信用して妄信して、先生に、先生に、先生にっ……」



「だから、なんなんすか⁉ 早く言ってくださいよ!」



「は、は、恥ずかしがらずに――あなたが今履いている〈パンツ〉を見せてくれるかな⁉」



「……。

 ……。

 ……。

 ……はあぁ⁉」



 顎を落とした晴矢ハルヤに、開き直ったらしい七緒ななおがずいずいと迫ってきた。



「大丈夫大丈夫大丈夫、すぐ済むから!

 先生の見間違いだったかもしれないんだし……⁉」



「え、いや、ちょっと、やめてくださいよっ。

 ま、待ってくれよ、マジでっ――⁉」



 思わずスカートを押さえて後ずさると、七緒に、あっという間に壁際まで追い詰められた。



「ほらほらほら、早く先生にスカートを捲って見せて?

 ね? 怖くないのよおー」


「ダメですよ、無理無理、やめてください!」



 ぶんぶん首を振ったのだが、懇願虚しく七緒は晴矢ハルヤのスカートに手をかけた。

 こちとらスカートの扱いなんかに慣れているはずもなく、必死の抵抗もそう長くは続かなかった。




「……ぎえええ⁉」




 ――あっさり、晴矢ハルヤは陥落した。

 七緒先生にスカートをバサッと捲り上げられて、パンツを確認されてしまったのだ。



 初めて体験するスカート捲りという行為は、物凄く羞恥心と屈辱感を掻き立てるなにかがあった。

 やたらと恥ずかしいし情けないしなんだか惨めだ……。



「な、なんでこんなことするんですか……⁉」



 セクハラで訴えたら勝てるぞコレ。

 ……だけど、壁際に追い詰められて悲鳴のような声を上げた晴矢ハルヤを見て、七緒ななおは晴矢以上のパニックに陥っていた。



「……やや、やっぱり見間違いじゃなかったのね……⁉

 神埜さん、あなた――どうして男性向けの下着を履いているのですかっ……?」




「へ……、……へっ⁉⁉」




 晴矢ハルヤは、無残に捲り上げられた自分のスカートの中を見た――そこにあるのは、見慣れた無地の黒いトランクスだ。

 デザインなんかどうでもいいから、このタイプを晴矢ハルヤは何枚も持っている。



 なにも考えずにそのまま履いてきてしまったが――そうか。性自認だの多様性だのが昨今世間を騒がせているが、ここのお嬢様方は世俗から隔離されている分、そんなアレコレからはシャットアウトされている。

 ここのお嬢様たちにとっては、下着にトランクスを選ぶなんて持ってのほかなのかもしれない。



「……あ……、あのっ……、あの、あの、あのあのあのっ……」



 ……七緒先生は、人のパンツを無理やり確認しておいて、まるで露出狂のトレンチコートの中身でも見てしまったかのように、壁際まで後ずさって真っ赤になった顔を押さえている。


 

 悪いことに、さらには――気がついたら、個人指導室のドアについている覗き窓に、顔を赤らめた無数の女子が集まって貼りついていた。

 全員、ウチの一年A組のお嬢様どもだった。





(……マジかよ)







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 第八話まで読んでいただき、ありがとうございます!


 かなり前に書いた内容なので、今回の話みたいな感じで今の世情にかみ合わない内容もちょいちょい出てくると思いますが…、あくまでフィクションということで、割り切って読んでいただけたら幸いです!


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