●第六話● 月穂のピンチ⁉ 初めての駆除科模擬戦

「――神埜さん、ほら、見てください。あそこで、月穂つきほちゃんが戦うんです」

 潜めた声で、深羽みはね晴矢ハルヤの耳元に囁いてきた。



 本日二時間目授業科目――〈駆除科〉。



 晴矢ハルヤ達が今いるここは、現代技術の粋を集めたというカグヤ・タワーの地下二階、〈模擬戦用訓練室〉だ。


 教室棟を出て、カグヤ・タワーのエントランスに設置された無数の監視レーダーや生態認証センサーによるチェックを越え、超高速エア・チューブに乗ってこの地下深くまで降りてきたのだった。




 ……しかし、あいかわらず、この深羽みはねという少女は人との距離の取り方が近い。




 頬が触れそうになった気がして思わず深羽の顔から視線を逸らすと、制服の下の大きな胸元が彼女の呼吸に合わせて上下しているのが見えて、晴矢ハルヤは目のやり場に困った。



 すると、晴矢ハルヤの目の動きをどう勘違いしたのか、深羽が微笑んで言った。


「大丈夫ですよ。そんなに心配しないでください。模擬戦っていっても、動きに制限をかけた《人類の敵》と、戦う練習をするだけですから」

「う、うん」


 今晴矢ハルヤ達が見下ろしているのは、地下二階からさらに潜った地下三階。


 一見して、バレエのレッスンでも始まりそうな真っ白なダンス・フロアのような空間だった――が、床、壁、天井すべてに縦横にマス目が走り、それぞれ衝撃吸収材できっちり守られているようだ。


 よく見ると、空間上にもマス目状に光線が走っている。実戦に備えて、ここで自分や敵の攻撃が届く範囲を〈イン・ジ・アイ〉だけではなく目測でも確認して、体で覚えておけということなのかもしれない。



「神埜さん、あそこにドアが見えるでしょう? あの奥に更衣室があって――」

「ああ、うん。

 ……えーとさ、ハルでいいよ」

「え?」


「呼び方。この桜ノ宮じゃ、皆下の名前で呼び合ってるんだろ……呼び合ってるんでしょ?」


「はい、そうなんです。

 それじゃ、ハルちゃんって呼ばせていただきますね。わたしのことは、深羽みはねって呼んでくれますか?」


「了解」

 頷くと、ちょっと照れたように、深羽みはねは嬉しそうに笑った。


月穂つきほちゃんの戦い方は凄く丁寧ですから、参考になるところがたくさんあると思いますよ。

 ハルちゃんも、〈イン・ジ・アイ〉も併用して、よく見ててくださいね」


 誰も彼もが、自分の目と〈イン・ジ・アイ〉双方で、これから始まる模擬戦を観戦しようとしている。

 晴矢ハルヤも〈イン・ジ・アイ〉を起動させると、より脳内が鮮明クリアになる感覚があった。



 ○



「ほら、月穂つきほちゃんが出てきましたね」


 深羽の視線の先を追って、晴矢ハルヤ月穂つきほの姿を見つけた。



 月穂つきほは今、下の訓練室で、小型の弓を構えている。

 制服を脱いで、体育着やジャージならぬ〈駆除用作業着〉に身を包んで。


 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんでは、駆除科の特性上、生徒それぞれの身体能力や戦闘スタイルに合わせた特注品の駆除用作業着を用意している。

 生徒が着用するのはカスタム・メイド品で、それぞれ極秘の〈特能〉を有しているそうだ。


 月穂の駆除用作業着は、淡いレモン色を基調としたもので、レオタードにスカートが付属したようなデザインだった。

 余計な空気抵抗や摩擦が起こらないように、ぴったりと月穂つきほの華奢な体つきにフィットしている。

 左手首と足首に鈴が揺れて、チリチリ鳴る音がここまで聞こえてくるようだった。




 月穂つきほは大人しそうな子に見えたが、今は案外キリッとした顔をしている。



 その月穂の前に、半透明の小さな粘液状の物体が現れた。

 真っ青なアメーバを思わせるドロドロとした形状のそれは、――ブルー・スライムだ。

 遠目からは、立体映像なのか模造体なのか、それともまさかのホンモノなのかまではわからない。



 さあ――《人類の敵》駆除科模擬戦が、始まった。



 ○



(――結構やるじゃん、月穂つきほの奴……)

 無限に分裂して増えていくブルー・スライムを、月穂つきほが次々に補充される矢で斃していく。


 〈イン・ジ・アイ〉には、積み上がっていく月穂つきほ討伐数スコアが表示されていた。

 月穂の討伐数を眺めていると、そこから、クラス全員分の累積討伐数にアクセスできることに気がつく。


 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの課す《人類の敵》討伐任務ミッションには、単独ソロでの戦闘の他に、チームによる作戦や、二人組のバディによるものなどもあるようだった。



 すると、お遊戯でも眺めているみたいに暢気のんきな七緒先生が、半ば晴矢ハルヤだけに向けて言った。


「スライム系の敵を相手にする場合、分裂速度より速く殲滅することがなにより優先されます。

 鈴耶すずやさんの弓矢は、連射性能を持っています。

 近距離の敵を相手にするのには向いてませんが、ブルー・スライム程度なら問題ないはずです……あら?」


 太鼓判を押したはずの月穂つきほが、大量のブルー・スライムに押されつつあるのを見て、七緒は目をぱちくりとさせた。


 ブルー・スライムに囲まれ出した月穂つきほは、おろおろと晴矢ハルヤたちを見上げている。

 けれど、すぐに目を逸らす余裕はなくなって、戦闘に集中を戻した。



「え……? え、えええ?

 なんであんなに、分裂スピードが速いの?」



 七緒がおろおろしている間にも、ブルー・スライムが鼠算式に膨れ上がっていく。

 月穂つきほの弓は、襲いかかってくる手近の始末で手一杯になりつつあった。

 七緒の左眼に、〈イン・ジ・アイ〉の偏光が浮かぶ。

 急いで情報を閲覧し、七緒は叫んだ。



「やだ……! プログラム難易度が書き換えられてるわ! どうして……⁉」


(――って、暢気にんなこと言っている場合か!)


 悠長な七緒の対応に、晴矢ハルヤは舌打ちをした。

 考えるより先に、急いでの前の対衝撃特殊ガラスの窓を開ける。



「え……⁉ ちょっと、神埜さん⁉」

「――月穂つきほを助けに入ります!」






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 第六話まで読んで頂き、ありがとうございます。

 第七話は明日公開する予定なので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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