●第五話● 特殊授業――《人類の敵》駆除科⁉

 この一年A組は、あの桜並木から見えていた超高層ビル〈カグヤ・タワー〉の中――ではなくて、そこから少し離れた近代的でシャープな外観の教室棟の中にあった。



 窓からは、カグヤ・タワーがしっかりと見えている。

 金に物を言わせて月に届かせる気なのかどうか――、あの超高層ビルは正式名称を迦具夜御柱カグヤノミハシラというそうだ。



 カグヤ・タワーは、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの象徴のようなビルだ。

 セキュリティ・センターを兼ねた生徒会室から世界中の書物を集めた大図書館ビブリオテック、ついでにカフェテリアやビュッフェホールまで、特殊施設が主に入っている。



 んでもって、全国の高校共通のいわゆる普通科授業は、今晴矢ハルヤたちがいるこちらの教室棟で行うらしい。

 桜ノ宮女学院の校内は、どこもかしこもジャブジャブと資金を注ぎ込んだであろう最先端設備で埋め尽くされていた。



 うーむ。

 さすがは超お嬢様学校なり、ってか。



 ○



 教壇では、七緒先生の授業が始まっていた。

「――皆さんもよく知っていることですが、近代起きたもっとも大きな技術革新イノベーションとしては、やはり〈イン・ジ・アイ〉の普及が挙げられますね。

 この〈イン・ジ・アイ〉が開発されたのは……」



 七緒の講釈を聞き流しながら、晴矢ハルヤは月穂に見せてもらっている桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの教科書をパラパラと眺めた。


 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんは、それなりにレベルの高い高校だ。

 ……が、晴矢ハルヤからすれば、たかが高校生用の教科書。

 まあ、はっきり言って大したことは書いていない。



「今では、各人に〈イン・ジ・アイ〉の搭載が義務化されていますね。その要因はたくさんありますが、特に当時は世界情勢が非常に緊迫しており、各国は世界大戦回避の道を模索し……」



 そう――各人に対する〈イン・ジ・アイ〉搭載の義務化には、当然ながら世界史が大きく影響している。

 資本主義と共産主義の戦いは、民主主義と新軍国主義の冷戦へと切り替わった。


 第三次世界大戦を寸前で回避した後の緊張緩和で問題となったのが、各国に潜り込んだあまたの工作員の存在だった。

 彼らを補足するために、個人をナンバリングし、常にGPSで居場所や行動を管理するようになったのが、〈イン・ジ・アイ〉搭載義務化の始まりというわけ。


 もちろん、監視は人間の手によるものではなく、各国のいずこかに設置されたスーパー・コンピューターに搭載された〈ルーラー〉AIが行う。


 各人に搭載された〈イン・ジ・アイ〉は自己判断を下す能力と資格を有し、〈ルーラー〉AIとアクセスを行い、犯罪行為や生命危機などの異常事態の気配があれば、すぐに緊急警報を発するシステムとなっている。


 とはいえ、個人搭載AIの権限の方が〈ルーラー〉AIよりも強いというのが建前である、一応。


 日本の〈ルーラー〉、すなわちルール・マスターたるAI名は〈伊邪那岐イザナギ〉。ちなみにアメリカの〈ルーラー〉AIの名は、〈ウラノス〉だってさ。




〈イン・ジ・アイ〉を基軸とした大小の技術革新はさらに無数に起こり、今や世界最大の富を生む巨大産業となっている。


 たとえば、現実拡張AR

 たとえば、超越空間メタバース


 ここにいるお嬢様方の中にも、それら最新の技術で資産を築いた家の娘が何人か混ざっているはずだ。



 ○



「……というわけで、〈イン・ジ・アイ〉の普及がもたらした最大の副次的な恩恵がなんだったか、わかりますか? 鈴耶すずやさん」



「は、はいっ」

おずおずとしながらも、隣の席の月穂つきほは立ち上がって答えた。



「え、ええと……。――《人類の敵》への対処です」



「大正解です。

 では、彼ら《人類の敵》の正式名称は? 斎院さやさん」



「はい。地球外来新種です」

 深羽みはねの答えは、淀みがない。



「その通り――」

 月穂と深羽に超常識的な緩い質問を続けて、七緒はにっこり微笑んだ。



「地球外来新種とは、地球上のあらゆる生命と進化の系統を異にする存在であり、文字通り地球外世界からの侵入者です。

 しかし、数十年前に突然現われた彼らが『どこ』から来たのかについては、まだ解明されていません。

 しかし、人類にとっては驚くべきことがありました。

 ――神埜さん、わかるかな?」



 また、今時幼稚園児でも知っている質問を。

 肩をすくめて、幼稚園教諭みたいな七緒に晴矢ハルヤは答えた。



「ああ、ハイ。

 ……外来新種のほとんどが、既知の存在でした――少なくとも、我々人類の持つ想像の世界では、……ですが」


「素晴らしい! 百点満点の答えよ。

 そう、《人類の敵》は、ウェブ上に情報が載っているだけのものから神話に登場する存在まで多種多様に存在しますが、そのどれもが、すでに我々人類が名を知っているものたちでした。

 キメラ、オーク、海坊主、塗り壁、河童、それから、チュパカブラにジャージー・デビル――」


 七緒は、上機嫌に例の歌うような調子で説明を続けた。



「遭遇当初は大騒ぎされたものの、名称の仰々しさとは反対に、今や《人類の敵》の脅威は研究し尽くされ、さほど大したものではなくなりました。

 彼らの持つ個別の弱点は、ほとんど既知の通りであったり、続く研究で生態が解明されるようなものでしたし、出現時刻や位置もかなりの精度で予測できるようになりました。

 とある専門機関の調査によると、現在の彼らの脅威レベルはスズメバチと同程度だそうです。

 ……ですが、まだ問題はあります。

 そう。彼らは、とても数が多いのです」



 ――《人類の敵》は特殊例を除いて大した害のない種が大多数を占めるが、外来種の弊害の例に漏れず、繁殖力が強いことが問題なのだ。

 たとえば、スライム系の《人類の敵》は、水さえあれば生きながらえることができるし、巨大化すれば他の生物の捕食を始める。



「スライム科の例で言えば、ここのところ、日本在来種のナメクジは彼らに押され気味で生息範囲をどんどん狭めています。

 もちろん、人間の生活にも害はたくさん出ています。

 だから、〈イン・ジ・アイ〉を駆使して皆さんが《人類の敵》を退治することは、とても大切な地域貢献であり……」



 七緒の言う通りだった。

〈イン・ジ・アイ〉でインストールしたアプリケーションは、脳内のあらゆる基幹に働きかけ、使用者に一定の運動や技能などを再現させることができる。たとえば、オリンピック・ランナーのランニング・フォームをインストールすれば、その瞬間からまったく同じ動きを行うことができるのだ。


 言うなれば、二十世紀に公開された映画『マトリックス』が予言した世界が到来したというわけだ。


 ただし、実際の肉体で行う以上、インストールしただけの動きではそう長くは続かないし、無理をすれば体に故障が起こる。すぐに筋力が追いつくわけではないから、疲労や無理が蓄積するのも速いのだ。日々インストールしたランニング・フォームのトレースを続ければ、少しずつ再現時間も長くなっていく。



 だが、そもそも、大抵の青少年は走り方なんかインストールしたりはしない。

 脳内に搭載された〈イン・ジ・アイ〉の容量はそう大きいわけではなく、さらにデータの削除も上書きもできない。

 つまりは、昔のCD-Rのようなものだ。

 脳に直結している分、無理な削除はそのまま脳神経を傷つけかねないためだ。

 だから、容量の使い方には十分な検討が必要であり、学生の期間はどんなアプリケーションをインストールするか取捨選択するための期間でもあるのだ。


(……もっとも、俺も晴夏ハルカも、中学卒業まではアプリケーションのインストールなんか一度もしたことがないけど)


 一流どころは常に、効率化のため以上には〈イン・ジ・アイ〉を使うことはないものだ。


 だが、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの女生徒たちともなると、また話は違う。


 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの女たちは、戦闘技術にほぼすべての〈イン・ジ・アイ〉容量を費やす。

 そして、その能力を持って《人類の敵》駆除を地域貢献として担当する。

 それこそが、この桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんが全国に知れ渡る、最も大きな理由だった。



 桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒たちは、特殊な駆除用作業着を身に纏い、武器を取って華麗に《人類の敵》と戦うのだ。


 ――桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんが独自に行っているこの学科活動のPRのために流している、あの広告動画のように。



 彼女たちは、《人類の敵》駆除のために学生時代のほぼすべてを使う。

 代わりに卒業後の人生は保証されており、あらゆる世俗の危険は彼女たちには及ばない。

 進学・就職、結婚、ありとあらゆる人生の難題の最適解が用意されている、……とのことだった。



 ○



 ……一時間目を社会常識ともいえるような緩い内容で潰した七緒先生は、今度は授業終了時間を間違えずにこう言った。



「さて、ちょうど二時間目の授業は〈駆除科〉ね。

 神埜さんに、実際の《人類の敵》駆除活動がどんなものか見てもらうことにしましょうか。

 ――鈴耶すずやさん、二時間目で模擬戦をお願いできるかしら」



「ええっ⁉ あっ、あたし、ですかっ……⁉」



 目を白黒させながら、月穂つきほが椅子をガタガタ鳴らして立ち上がった。

 助けを求めるように晴矢ハルヤを見て――、やがて、月穂は震え声で呟いた。


「は、はうぅ……。自信ないですけど、ハルのためなら……」

 今にも泣きそうな顔で、月穂が頷いた。





(……おいおい、大丈夫かよ)


 あまりに自信のなさそうな月穂に、晴矢のほうが心配になった。






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 第五話まで読んで頂き、本当にありがとうございます。

 世界観の説明ターンでしたが、細けえことはいいんだよ! の精神でさらっと読み流していただけたら……と思いますです。


 次の話も公開していますので、もしよければ、続きも読んでいただけたら本当に感謝です!



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