●第三話● こんな美少女、現実にいるんですか?

「……童貞切れったって、こんな体でどうしろっていうんだよ。チキショウ……」

 いや、こんなトコロでそんないかがわしいこと、する気はないけども。


 とにかく、だ。

 なぜコッチについてなきゃいけないモノがアッチについてて、アッチについてなきゃいけないモノがコッチについてるのか――早急に謎を解明しなければ。


 そして、一刻も早くこの学校を脱出し、それから体の異変を戻して、なんとかしてアメリカに行って、晴矢ハルヤ晴夏ハルカの人生をあるべきところへ戻すのだ。


 とりあえず、今晴矢ハルヤが立てている仮説としてはこうだ。

 晴矢たち双子の〈イン・ジ・アイ〉をあの悪魔が魔法のような超技術によって悪用し、意識の交換を行った。

 つまりは、現実の晴矢ハルヤの体と脳みそはアメリカにあるが、目で見たり手で触れる情報はこの桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんにある体で、自分の意思で動かすことができるのも今ここにある晴夏ハルカの体なのではないか、ということだ。



 ……しかし、それをどう是正するか――解決の取っ掛かりさえ、浮かんでこない。



 すると、ふいに、誰かが晴矢ハルヤの横に並んできた。

「――どうてい……。

〈僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる〉。

 ……そうですよね。桜ノ宮女学院の生徒になったんですから、自分の道くらい自分の力で切り拓かなくては。

 ふふ――綺麗ないい言葉です」


「……えっ⁉」


 ぎょっとして隣を見ると、いつの間にかそこには、晴矢ハルヤと同じく桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの制服を着た女の子が歩いていた。


「な、なに……?」

「え? あの、今、〈道程どうてい〉が綺麗だって言ってましたよね? 高村光太郎の……」


 一瞬思考が停止した後で、高村光太郎が誰であったか、〈イン・ジ・アイ〉ではなく自前アナログの脳みその中を必死に検索する。

 理系はともかく、文系は好きじゃなくてあまり勉強してなかったから焦った。

 けれど、これでも晴矢ハルヤだって、天才と名高い妹の足下くらいには及ぶ秀才なのだ。


「……あ、ああ、どうていか! う、うん、言ってたよ。童貞切……、じゃなくて! 〈道程〉が綺麗、ね。高村光太郎が書いた詩のことだよね、うん」


「〈道程〉は、こんな日にはぴったりな詩ですね。

 なんだか、あなたとは気が合いそうです。四月はるになったばかりでこんな出逢いがあるなんて、嬉しいな」


 そう言って、彼女は――柔らかく、とても柔らかく、微笑んだ。

「……」

 その笑顔を見て、晴矢ハルヤは固まった。



(――広告動画の、あの子……?)



 印象的な無音のあの広告動画に出ている少女の顔は、はっきりとは画面に映らない。

 だから、確信はなかった。

 だけど――目の前に立っている女の子は、彼女に似ている気がした。


 脳裏に、晴夏ハルカの言葉が蘇る。

 妹は病的な大嘘つきだが、この桜ノ宮女学院の生徒が美少女揃いというのは、真実だ。

 ……いや、真実以上だった。

 少なくとも、今目の前にいる女の子に限っては。


 淡雪のように繊細で真っ白な肌に、潤んだ大きな黒い瞳。

 さくらんぼみたいにぷっくりした、愛らしい唇。

 瞬きをするたびに、長い睫毛が小鳥の羽ばたきのように軽やかな音を立てるよう。

 そして、腰まで届くふわふわの長い髪。


 こんなに綺麗な女の子が、現実にいるなんて――……。


 彼女は、晴矢ハルヤを見つめたまま小首を傾げ、柔らかそうな唇を開いた。


「あの……。お名前、訊いてもいいですか?」

「えっ?」


「あなたのお名前です。

 この桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんではお顔を拝見したことがないので、この春から来ると伺っていた転校生さんだと思ったのですけれど……。

 ……あ、でも人に名前を訊く前にまず自己紹介からですよね。

 わたし、深羽みはねです。斎院さや、深羽」


斎院さや……?」


 彼女は頷き、膝を折ってスカートの裾を摘まむと、優雅に会釈した。

「お見知りおきをお願いいたします。

 あの、それで、あなたのお名前は?」


「あ、ああ。俺は……じゃなくて、ボ、ボクは、神埜晴矢じんのハルヤ……違う、晴夏ハルカだ!

 神埜晴夏ハルカだよ」


 何度も不自然につっかえながら、なんとか晴矢ハルヤは自分の名前を告げた。いや、自分のじゃなくて、あのエキセントリックな妹の名前だけど。アイツが自分のことを〈ボク〉とか言ってるから、ついそれに乗っかってしまった。


 が、この男子禁制の全寮制女子高で中身が男だとバレたら、たぶん凶悪犯罪者として即刻逮捕される。

 だから、偽名を名乗るのも致し方ない。

 致し方ないはずだ。

 つまりこれは、正当防衛の嘘。

 許されて然るべきであって――という具合に晴矢ハルヤが必死に自分で自分に言い訳していると、彼女がこちらを見た。


「神埜晴夏ハルカさん、ですか。とってもいいお名前ですね」

「あ……、そ、そう?」

 優しく褒められて、なぜだか晴矢ハルヤはいい気になった。自分の名前じゃないのに。


「先生から聞いたんですが、わたしたちは今日から同じクラスです。

 わからないことがあったら、なんでも聞いてくださいね」


 彼女は、晴矢ハルヤの顔を覗き込んできた。

 思わずギョッとする――距離の詰め方が、妙に近い。

 吐息が今にもかかりそうだった。


(……女同士って、いつもこんな距離感なの?)


 物心ついた頃から最先端の教育を受け、超進学校の小中学校へ通っていた晴矢ハルヤの同窓は、これまでは男が九割だった。

 男同士なら暑苦しすぎて、こんなのはあり得ない。

 動揺の渦中で、ようやく晴矢ハルヤは口をもごもごと動かした。


「あ、う、アリガトウ……斎院さん」

「それじゃ、とりあえず職員室に行きましょうか。神埜さん」

 そう言って、彼女は自然な仕草で晴矢ハルヤの手を握った。



「!」



 女の子と、手を繋いでいる。


 こんなことは、生まれて初めてだった。

 緊張と驚きで手も指も一切動かすことができない晴矢ハルヤとは対照的に、彼女は繋いだ手にきゅっと力を込めた。


「さあ、こっちですよ」

 出来の悪いロボットにでもなったみたいにぎこちない動きで、手を引かれるままに晴矢ハルヤは彼女についていったのだった。




 




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 第三話まで読んで頂き、本当にありがとうございます。


 


 第四話も引き続き読んでいただけたら嬉しいです!

 ぜひよろしくお願いします!

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