●第二話● ぶち込まれた先は、全寮制お嬢様女子高

 桜が、無数の桜が、満開に咲き誇っている。


 都心にでんと鎮座するこの桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの敷地は、気が遠くなるほどに広い。この全寮制私立女子高を象徴するような桜並木は、延々と続いていた。


 少し目を上げれば、広大な学校敷地の中央にそびえ立つ、超高層タワーが見える。

 あれは、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんのシンボル――通称、『カグヤ・タワー』だ。


 カグヤ・タワーが見下ろす広大な学院内には、美しい最新鋭の教室棟に、歴史ある旧校舎、女子寮、運動場グラウンドや巨大プールに加え、巨大農牧場ファームや、果ては謎の深い森林地帯までもがあるらしい。


 ここは、国内でも特別な学校だ。


 けれど今は――、どこか神秘的でさえある不思議なこの風景すらも、虚しさに拍車をかけるばかりだった。



「……なんだって、こんなことに……」

 ため息をついて、晴矢ハルヤは自分の体を見下ろした。



 何度確認しても結果は同じ。

 上はついていて、下はついてない。


 晴矢ハルヤは今、清楚という言葉に形を与えて具現化したようなグレーのブレザーとプリーツスカートの制服を身に着けている――つまりは、女子高生姿だ。


 ……が、制服の下は、女装じゃない。

 妹に襲われかけたあの朝のまま、――女そのものなのだ。


「今頃晴夏ハルカはアメリカかよ……。なんつー悪夢だ……」

 いまだにこれが現実とは思えない。

 低血圧のせいかぼーっとする頭で、自分と同じ制服に身を包んだ長い髪の女がぞろぞろと歩いているのを晴矢ハルヤは眺めた。


 女、女、女。

 どこを見まわしてみても女だらけ。

 ――まさに、女の園だ。


 今日から、自分はこの世間から隔離された特別な全寮制高校の生徒となったのだ。

 これでは、晴夏ハルカでなくても逃げ出したくもなる。

 地獄を歩いているような気分だった。


「……クソ。今すぐ死にてえ……」



 ○



 あの朝――急いで着替えて一階の両親の元へ走ったが、勝負は始まる前から決まっていた。

「……だから何度も言ってるだろ⁉ 俺が晴矢ハルヤで、ソイツが晴夏ハルカなんだ‼」

 さんざっぱら喚いても、両親は聞く耳持たずに、呆れた表情を浮かべるばかりだった。


「もう、まだそんなこと言ってるの? 晴夏ハルカ。いくら桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんが嫌だからって、いい加減になさい。あなたが昔ずいぶん正義の味方に憧れてたから、考えてあげた進路なのよ? ホラ……、なんだっけ。悪者と戦う魔法少女? アレよ、アレ。あなたならきっと、楽しく戦って活躍できるわ。桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんで。……それにね、在学中よりも卒業してからの方が人生は長いの。女の子の幸せは、なんと言っても素敵な結婚よ。古い考えだってあなたは笑うけどね、夫になる人に大事にされてこそ女の子は本当に幸せになれるってお母さんは思うのよ。そのためには、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんはピッタリな学校よ」

 母が熱弁すると、父がすかさず横から参戦してきた。

「そうだぞ、晴夏ハルカ。だいたい、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんの生徒として適性を認められることだって、大変な名誉じゃないか。……だが、この話はとりあえず後にしよう。なんといっても、今日は晴矢ハルヤが渡米する大事な日なんだからな。さあ、早くお兄ちゃんに挨拶しなさい」


「だっ、だから違うんだって! 母さん、父さん‼ 俺が晴矢ハルヤで、アイツが晴夏ハルカなんだよ! 何度も言ってるだろ⁉

 なにが起きてんのかわかんないけど、朝起きたら急に体が晴夏ハルカでっ……」


 晴矢ハルヤが叫ぶと、被せるように晴夏ハルカがリビングに顔を出してきた。

「おいおい、晴夏ハルカ、おまえなに言ってんの? とりあえず落ち着けって。

 おまえだって、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんに転入するのに納得してたじゃないか」

「お、お、おまえなっ……」


 唾を飛ばして晴矢ハルヤに成り済ましてる晴夏ハルカを睨むと、晴夏ハルカはニタァッと笑った。

「ほら、母さん父さん、あれ! あれ見てよ、あの底意地の悪いインケンな笑い方! 

 あんなの、晴矢オレにはできないだろ⁉」


 慌てて晴夏ハルカを指さすが、両親が振り返った途端、晴夏ハルカは悪魔的な笑みを引っ込めて、代わりに温和に、にへらぁっと微笑んだ。

 ムカつくが、実に晴矢ハルヤらしい笑い方だ。


「もう、なに言ってるのよ。晴夏ハルカ

「そうだぞ。少し落ち着きなさい、晴夏ハルカ

 母と父に続いて、晴矢ハルヤに成り済ました妹が言う。


「なぁ、晴夏ハルカ。おまえなら、どこでだってうまくやれるよ。

 俺が保証する。だから楽しめって、清浄なる乙女の園をさ」

晴夏ハルカぁっ‼」

「だからそれはおまえだっての。

 俺は、ハ、ル、ヤ」


 勝ち誇ったようにそう言って、晴夏ハルカは母にネクタイを締めてもらっている。

 その胸元は、女らしい膨らみが一切なく平べったい。

 晴夏ハルカ晴矢ハルヤと同じ顔で微笑んで、旅行カバンを持った。


「皆と別れるのは寂しいけど、あんまり家に長居してても余計辛くなるだけだから、もう行くよ。

 俺の留学を応援してくれてありがとう。父さん、母さん、晴夏ハルカ

「待てっ、おい、マジで待てっ‼」


「頑張ってこいよ。晴矢ハルヤ。おまえと晴夏ハルカは神埜家の誇りだ」

「違う、これはなにかの間違いだっ‼」


「ジャンクフードばかり食べちゃダメよ。それから車に気をつけてね」

「だから、俺の話を聞いてくれぇっ‼」


「それじゃあ皆も体には気をつけて。手紙書くよ」

「やめろぉぉっ! 行くのは俺だぁぁ‼」


「それじゃ、行ってきます」

「待てええええっっ‼」


 玄関を出た晴夏ハルカを止めようと跳びかかると、逆に晴夏ハルカに体ごと抱きしめられた。

「っ……⁉」

 耳元で、晴夏ハルカが囁く。


「――それじゃね、我が愛しの兄よ。

 ボクの身代わりになるついでに、桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんで童貞切ってくるといい。あそこはボクに負けず劣らずの美少女揃いらしいし、皆極上の世間知らずで男に免疫がない。

 クソダサチキンなお兄でもチャンスがごろごろ転がっていることだろう。

 ま、上手くやりな」


 言い終わるなり、晴夏ハルカ晴矢ハルヤのささやかな胸をむぎゅっと鷲掴んだ。

「ふぎゃぁっ⁉」

「グッドラック、マイツインズ~♪」

 陽気な鼻歌をハミングしながら、スキップを踏んで晴夏ハルカは去っていった。


 晴矢ハルヤが行くはずだった空港へと――そして一流の研究者を志す若者たちがこぞって憧れる、アメリカへと。


 ……。

 …………。



 ○



 ……ぶち込まれた先の私立桜ノ宮女学院さくらのみやじょがくいんを歩いて、晴矢ハルヤは深々とため息をついた。



「……童貞切れったって、こんな体でどうしろっていうんだよ。チキショウ……」

 いや、こんなトコロでそんないかがわしいこと、する気はないけども。


 すると、ふいに誰かが――女の子が、晴矢ハルヤの隣に並んできた。

「……っ!?」


 ぎょっと息を呑んだ晴矢ハルヤの横で、愛らしい、澄んだ高い声が響く――。




 


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 第二話まで読んで頂き、本当に嬉しいです!

 ありがとうございます。

 

 第三話は一週間以内に更新の予定です。

 作者の趣味に走った当作品ですが、次も読んでいただけたら、とても嬉しいです。

 

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