戸籍もねえ 名前もねえ 食事もそれほど貰えてねえ! 私こんな家いやだ!! (後半)
「メグ…さんね…ずっと見てたって…もしかしてストーカーなの?」
「ストーカー呼ばわりしないでよ!これも仕事の営業の一環なんだから!」
さっきまでクールぶって淡々と喋ってたくせに、いきなり息を荒くして早口で捲し立ててくる。
ヒステリを起こした顕彰くんみたいでムカつく。
「ふーん…まあいっか…で、私が君たちを必要としてるって何?ご飯でもくれるの?」
「猪野顕彰を殺してあげる。」
……え?
「え。」
「死んで欲しいって思ってるでしょ。」
「……なんでわかるの。」
顕彰くんに死んでほしいと思ってるのは誰にも言ったことがない。1番の友達であるつるつるのおじさんにだって言っていないのに。
まあ、少し気味が悪くても顕彰くんを本当に殺してもらえるならありがたいことだ。私だけの優しいママに戻ってきてほしいし。
そもそも魔法少女って悪役を倒すヒーローじゃなかったっけ?これじゃただの殺し屋じゃん…いや、顕彰くんは悪役か…。
そんなことを考えながら目の前にいるメグの顔をチラリと見る。
目が合うと、まるで人形のようなメグの唇の両端がくいっと上がった。
「その傷、つけてるの大体猪野顕彰でしょ?あ、本来ならボクらに依頼できるのは1人いちころまでだけど今契約成立してくれたら猪野真由美もおまけで殺してあげるよ?2人まとめてお値段はたったの…」
「…は??ちょっと待って……
………なんでママを殺すの?」
意味がわからない。
何で私がママまで殺して欲しいと思ってるみたいに言うんだろう。
「…あのクソ親のことは恨めしくないの?君に散々な目を見せてるのに。あの母親がキミのことなんか一ミリも愛してないの気づいてるでしょう?」
頭がくらくらしてくる。
ママが私のことを愛してない?
それはあいつのせいでそう見えてるだけで…心の底では…絶対…
絶対…
「…2度と私の前に来ないで。」
「待って…待ってよ…じゃあこれだけでも持ってて。」
「は?何…?」
差し出された手を肘で弾き飛ばそうとしたが、それがスナックパンであることに気付いたので、
「これだけはもらっとく。」
と言ってポケットに入れた。
空はもう薄暗い。早く家に帰らなくちゃ。
メグとトランクケースお兄さんの横を通り抜けて路地裏を走っていくと、さっきずっと走ってたのがバカみたいになるくらいすぐ外に出れた。
【一方、路地裏】
「あのクソみたいな毒母を庇うのは想定外だったにょあ。」
マスコットキャラみたいにデフォルメされたウサギのような生き物がメグに話しかける。
魔法少女アニメで言うところの、使い魔みたいなやつだろうか。
「てかお前はお腹空かせた少女に少ないお小遣いを割いてパンを買ってあげるようなお人よしだったっけにょん?」
メグこと、佐藤廻(さとうめぐる)は、ふっと鼻でそのウサギの言葉を笑った。
「あれはコンビニ裏のゴミ箱から拾っといた廃棄パンだよ、まああの子は賞味期限なんで気にせず食うだろうね…あのパンのパッケージにはボクらを呼ぶ方法をひらがなで書いといた。」
「あの様子じゃお前のことなんか呼ばにょいだろうにょ。」
詰めが甘いにょ、と言ってウサギが笑う。
「色々仕掛けておいたから近いうち彼女はボクらを呼ばざるをえないくらいに追い詰められるはずだよ。」
「お前は悪いやつだにょあ」
「いつも思うんだけど、その語尾発音しにくくないのかい?」
「うるさいにょん。この語尾やめたらオラのアイディンティが薄まるだろうがにょ。」
マスコットキャラ?もなかなか大変そうだ。
「なあ、そこまであの子に依頼させようとしてる理由はなんだにょん?報酬絶対払えにょいよ?あいつ。」
「そこがミソなんだ。」
【プリンの家にて】
こっそりベランダから中に入るプリン。
すると部屋に顕彰くんがいる。
「あ、え?顕彰くん…?」
普段は物置なんか汚がって入らないのに…
どうしよう。
どうしよう…どうしよう…
絶対に痛い目に遭うのが目に見えている。
「てめえ閉じ込めておいたはずなのにどこほっつき歩いてたんだ?」
「ちょっと外に散歩に…」
「身の程を知れクソやろう。戸籍も何もない教養もないただの食いぶちのお前が表に出ると周りに迷惑がかかるんだよ。何か俺らのことを話したんじゃないよなあ。」
何度も殴られて頬にじわっと熱い感覚が広がる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい悪かったから」
「ポケットなんか入ってるじゃん。なんだよこれ」
スナックパンがポケットから引き摺り出される
「うわ、パンじゃん?金ねえのにどうやって手に入れたんだよ万引きしたんじゃねえよな?」
顕彰くんは私の食糧を取り上げ彼の横に置くと、首に手を伸ばしてくる。
首に回される指の感触が伝わると同時に、一気にその指に力を込められた。
…苦しい。
首を絞められることはあったがここまで強く締められるのは初めてかもしれない。
もがいてみたが、痩せっぽちの私が成人男性である彼を跳ね返すことなんてできるはずがない。
「もらっ…た…もらったの…はなして…」
「そんなの信じる奴がどこにいるんだ。お前みたいな無価値な人間に施しを与える奴なんているわけねえだろ…俺らのことを悪く言って同情を買ったのか?
児童相談所に子供の泣き声がするだとか通報したのもお前だな?」
だんだん息が苦しくなっていく。
じどうそうだんじょってなんだろう…とりあえずこの人がすごい怒ってるのは伝わってくる。
ふと顕彰くんの横に置いてあるパンの袋がグシャリといった。
「何だ…?」
顕彰くんの首を絞めてくる力が緩み、私たちの視線は一気にパンに集まった。
何か派手な付箋が貼ってある。
さっきまでなかったと思うんだけど…
いや、気づかなかっただけなのかな。
『ぴゅあぴゅあみらくるぱわーめぐ!! ってさけんでね♡きみせんようのとくべつなまほうつかいのよびかただよ』
メグだ…メグが貼ったんだ。
「なんだこれ…ぴゅあぴゅあミラクル…あ?きもいし意味わかんねえ。」
顕彰くんがけらけらと笑う。
「あ、う…」
メグだ…メグを呼べるんだ…
でもあいつはママのことも殺すべきだって言ってるようなやつだぞ…。
…そもそも叫んだだけで聞きつけてこんなとこまで来てくれるのだろうか。
首を絞める力が再び強められた。
今回こそ死ぬかもしれない。
だんだんと目の前が霞んできた。
……目の前が真っ暗になった。
「……」
どれくらい経ったがわからないが、私はふと目を覚ました。
意識を手放してしまっていたようだ。
「起きたか。てっきり死んじまったかと思ったわ。まあ、悪いことをするとそれ相応の罰を与えてやるのが親ってもんなんだよな。」
そうか、私は死なずに済んだのか。
いつのまにか服を完全に脱がされている。
自分のあざだらけの体が目に入り、その汚さに嫌気がさす。
顕彰くんが私の手首を掴んで床に押し付けた時、ママがタバコを吸いながら入ってきた。
可愛らしいもこもことしたパジャマを着ている。
「何してんの服なんか脱がせて」
「ま、ママ!助けて…ママ!」
「…こ、これはこいつが」
顕彰くんが焦ったような顔をし、手を緩める。
何かママの気に触れるようなことをしたようだ。
私をいじめてるのが嫌だったのかな…やっぱママは私のことが好きなのかな。
そう思った私はバカだった。
「は?お前もしかして顕彰をたぶらかしてたの!?気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
ママの口から出たのは顕彰くんじゃなくて私を罵倒する言葉だった。
「え、ママ!違うよ!違う!」
「そ、そうなんだ、脱走して夜遊びした罰を与えてたらこいつがいきなりたぶらかしてきて…」
「気持ち悪…まだ14、5歳くらいでしょそいつ…もう色気付いてんの?」
「…ま…ま?」
何でそんなことを言うんだろう。
私の言い分は聞いてくれないのだろうか。
「だよなあ、マジで害悪でしかないから首絞めて殺そうとしてんだ。」
「とっとと殺してよ。早く死んでほしい…ほんと私達の生活の邪魔しかしないよねこいつ。なんで産んじゃったんだろ」
…脳の処理が追いつかない。
ママは私に死んで欲しい…?ママ達の生活の邪魔?
「…ママ?顕彰くんに脅されてるの?辛い?ねえマ…ママ…わ…」
ママに聞きたいことがたくさんあるのに、どんどん首を絞める力が強くなっていってうまく話せなくなっていく。
「なんでそう言う思考回路になんの?きも。なんで私がお前を殺そうとするのが辛いことなの?…まあ学校行かせてないしバカで当然か。」
ママが私の前でしゃがみ込んでくる。
「ママ…助けて…」
ママの手が伸びてきて、私の鼻を強く摘んだ。
「顕彰〜てつだってあげるよ〜♡」
だめだ…全部私の都合のいい妄想だったんだ。お母さんが私のことを好きだなんて。
「うが…っわ…う…」
本当はずっと前から気づいていた。
でも信じたくなかった。
「こいつのいいところは戸籍作らなかったから殺してもなんも言われなそうなとこだよね。そもそも存在してないことになってるんだしさ〜。」
ママはさっきまで私の鼻を摘んでいた手で私の目をこじ開けると、タバコの火が少し残った吸い殻を押し付けようとしてくる。
熱気が目に伝わって乾いた感覚がしてくるくらいにタバコが近づいてきたとき私は、
「ぴゅあぴゅあミラクルパワーメグ!」
と、付箋に書いてあった通りに叫んだ。
もう優しいママとの思い出なんてどうでもよくなってきていた。そんなことよりも目の前の恐ろしい女のイメージの方が打ち勝ってしまったのだ。
本当にメグが助けに来るだなんて思ってないけど、私にとってこれを叫ぶことは今までママに執着していた私を裏切るのと同義だった。
「は?」
と言ってママが手を止め顔を覗き込んでくる。
「ついに頭逝っちまったか?」
ママと顕彰くんの笑い声が部屋に響いた次の瞬間に、何か熱いものが顔を覆う感覚がした。
ゲラゲラ笑ってる2人の首が一気にぶっ飛んでいった。
「…」
血が飛び散って、温かいシャワーみたいに私にかかっている。
熱いものの正体は2人の真っ赤な血潮だったのだ。
「大丈夫?」
そこには生首を二つ掴んでるメグがいる。
「必殺技名言うの忘れちゃった…てへ…。」
両手にママと顕彰くんの首を持った血まみれの女の子が面白いことなんて何もないこの空間で笑っている。
その様子を見ていただけで、名前のつけ難いような何種類もの感情をスクラップにして一つにしたようなものがどんと私に押し寄せてきた。
そして笑いになって私の腹の底から湧いて出てきた。
「ふふ…はははは!!あは!!あははははは!!!
ふーふー…お腹痛い…お腹痛いふふ…ふ…うん…
あは…あはは!お値段は?なんか路地裏で途中まで言ってたよね。たったのいくらなの?」
なぜか愉快でたまらなくて、近所迷惑になるかもと思っても笑い声が抑えられなかった。
メグは私にピースサインをする。
私もメグにピースサインを返す。
メグは満面の笑みで言う。
「2億。立て替えといてやるよ!低金利で。」
どうやらメグはピースサインしてたんじゃなくて、2本指を立ててただけみたいだ。
二億…二億か…
…二億…?
私は固まる。
「2億円…?…パン何個買える?」
普通にこの先も地獄が続いていく予感がした。
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