第5話 レッツ・配信

 通行人に道を尋ねてみる。


「すみませーん。商業地区ってこっちの道で合ってますか?」


「そうだよ。この道をまっすぐ行って突き当たりを右に曲がれば商業地区まですぐさ」


「ありがとうございます」


 言葉が話せる!

 異世界の人と会話ができるぞ!

 この事実が僕の気分を大いに盛り上げた。


 いまいる場所が異世界ということも相まって、完全にトラベラーズハイ状態だ。

 となれば、この勢いのままに、


「……やっちゃうか? 配信」


 チャンネルは開設したばかり。

 フォロワーは1人。

 その1人だって、僕の別アカウントだ。


 いま配信をはじめても、誰も見てくれないのはわかっている。

 でも、だからこそ本番に向けた練習・・・・・・・・ができるのではなかろうか?


 誰も見ていないからこそ、自由に喋れるというものだ。

 そうと決まれば即実行。


「……。でも、いちおうSNSで告知しておくか」


 SNSアプリを開き、


「30分後に……異世界、かっこ、本当、かっこ閉じ。から配信します……っと」


 ハッシュタグも忘れない。

 異世界好きの人の検索に引っかかることを祈り、『♯異世界』『♯ネコ耳』『♯異世界転移』『♯獣人』『♯ケモ耳』『♯魔法』【♯ファンタジー】と入れておく。


「よし! あとは待つだけだ」


 ◇◆◇◆◇


 10分経ち。20分経ち。30分が経った。

 残念ながらSNSでの告知に反応する人はいなった。


「ま、そーだよね」


 気を取り直して配信アプリをタップ。

 配信画面に切り替え、自撮り棒をセット。

 スマホの前面カメラを自分に向け――


「は、はじゅめまして!」


 いきなり噛んだ。

 でも誰も見ていないのだから続けよう。


「僕は怜央レオっていいます。えー……い、いま異世界に来ています」


 背景が映るようにスマホを動かし、その場でぐるりと回る。


「見てくださいこの世界を。あー……と、とっても異世界でしょ?」


 ヤバイ。何を言っているのか自分でもわからない。

 緊張のせいか想像の10倍言葉が出てこないぞ。

 こういう時ってなにを話せばいいんだろう?


「せ、せっかくなので異世界の街を散歩してみたいと思います。僕が映っていてもよく見えないと思うので、カメラを切り替えますね」


 前面から背面カメラに切り替える。

 お? 自分が映っていないだけで緊張感が和らいだぞ。


「見てください、あっちに獣人の方がいますね。どこからどう見ても狼男ですね。おやおや、あっちにいるのはリザードマンですか?」


 道行く人たちをカメラに映していく。


「異世界だけあっていろんな種族がいますね。多様性に満ちています」


 少し慣れてきたぞ。

 そんなタイミングでのことだった。


 ――同時接続者数同接1。


 そこには、はじめての視聴者が。


「っ……!!」

 

 現れた視聴者の存在に、ドキンと胸が高鳴る。


「ごご、ご視聴ありがとうございます! 僕は怜央といって、その……異世界! いま異世界にいます! ホンモノの異世界に! そして異世界から配信しています!」


 ヤバイ、自分でもわかるぐらい早口になってる。


「見てください! このファンタジーな街並みを。ほらほら獣人もいますよ。僕は獣人が好きで特にケモ耳と呼ばれるなかではネコ耳がいいかなって――あ、でもキツネ耳とかもいいですよね! とはいえ種族で好き嫌いを――」


 ――同時接続者数同接0。


「…………ですよね」


 初にして唯一の視聴者が去ってしまった。

 それもコメントも残さずに。


 絵面がつまらなかったのか? 

 それとも早口トークいけなかったのか?

 あるいは両方?

 配信をするならトークの練習をしてからにすればよかったな。


 反省しつつ、誰も見ていない配信を続ける。

 なんか失敗を経て緊張が解けたぞ。

 いまなら自然体で喋ることができそうだ。


「僕が日本からこの異世界に来れるようになったのは、実は最近のことでして。いきなり異世界に飛ばされた時は焦りましたよ~」


 誰も見ていない配信で1人喋り続ける。

 のんびり歩きながら5分ほど経った時だった。


「ねーねーお兄さん、ソレはなんにゃ?」


 突然、ネコ耳の女の子が話しかけてきた。


「え、僕?」


「うん。お兄さんにゃ」


 話しかけてきたネコ耳の女の子(超可愛い)は、二十歳ぐらいかな?

 大きな瞳を好奇心で輝かせ、スマホを指さしている。

 どうやらスマホが気になって話しかけてきたようだ。


「これはね、スマホ……ライブカメラのが正解かな? んー、なんて説明すればいいのかな?」


 どう説明したものかと頭を悩ませる。


「わかるかな? ここの部分から見える景色を、遠く離れた場所にいる人に見せることができるんだ」


「にゃん?」


 女の子がきょとんとしている。

 やっぱり伝わらないか。


「そうだな……。よし。僕の隣に来てもらえる?」

「うん、いーよ」


 女の子が隣にやってくる。

 スマホを前面カメラに再度切り替え、画面に僕と女の子が映るよう調節。


 ――同時接続者数同接2。


 いつの間にか視聴者がいた。


『あ、視聴者さんどうも。僕は怜央といいます』


 2人とはいえ貴重な視聴者。

 逃してなるものかとばかりに日本語でご挨拶。

 けれどもこれに、


「シチョーシャさん? 急になに言ってるにゃ?」


 女の子がこてんと首を傾げた。


「いや、自己紹介を。ああそのっ、自己紹介といっても相手は君じゃ――」


「にゃーんだ。自己紹介かにゃ」


 女の子がポンと手を打つ。

 次いで、


「ん、シェーラの名前はシェーラだにゃ。よろしくね」


 女の子改め、シェーラさんが握手を求めてきた。

 僕が右手で自撮り棒を握っているからか、差し出されたのは左手。

 気を使ってくれたのだ。


「あ、これはご丁寧にどうもシェーラさん。僕は怜央といいます」


「シェーラでいいよ。『さん』はいらないにゃ」


「そっか。わかったよシェーラ」


 画面にシェーラさんと握手する姿が映る。


 ――同時接続者数同接4。


 視聴者が地味に増えてる。

 ネコ耳の可愛い女の子が映っているからか?


「それでレオ、この板はなんにゃ? どーしてシェーラがこの板に映っているんだにゃ?」


「これはね、ほら見て。ここの小さな丸いとこに映った景色が画面――に映っているんだよ」


「よく分からにゃいけど鏡ってことにゃ? ふにゃ~。シェーラ、こんなにもきれいに映る鏡ははじめて見たんだにゃあ」


「いや、鏡ではないんだけどね」


 スマホの画面をまじまじと見つめるシェーラ。

 おかげでお顔がアップになっている。

 

〝この子カワイイ〟

〝ネコ耳〟

〝にゃーん♡〟

〝海外のレイヤーかな?〟


 ッ!?

 コメントだ! コメントが投稿されたぞ!

 そう喜んでいる間にも、


 ――同時接続者数同接9。

 ――同時接続者数同接12。

 ――同時接続者数同接23。


 ささやかなではあるけれど、どんどん視聴者が増えていくのだった。

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