第3話 ゴー・トゥ・異世界(仮)
翌日。
朝食を食べ終えた僕は、スマホを操作し『異世界へGO』アプリを開く。
動きやすい服装に着替え、スリッパだった昨日とは違いスニーカーを履いた。
リュックにはモバイルバッテリーに、昼食とおやつにバナナも入れてある。
動画サイトのアカウントも作った。
これでもいつでも動画投稿や配信ができるぞ。
「よしよし。ちゃんと回復しているな」
転移ポイント(命名僕)が、しっかりと10まで回復しているのを確認。
なら――
「おっし、行くぞ」
アプリ画面に表示されているお城をタップ。
次の瞬間には、
「来ちゃったよ異世界」
再び異世界の城下町(っぽいところ)に立っていた。
「うわぁ……。見渡す限りファンタジー」
スマホのカメラで動画を撮りつつ、歩きはじめる。
僕が突然現れても騒ぎにならないぐらい、道は通行人で溢れていた。
街の大通りなのかな?
カメラを回し、通行人を撮り続ける。
もう配信をはじめてみようか?
それとも、
『異世界の街を散歩してみた』
みたいな感じで動画投稿した方がいい?
でも、目の前の光景がファンタジーすぎて逆にフェイクを疑われそうだ。
しっかし街中で動画撮影しながら歩くなんて、日本だったら即通報されそうなものなのに、こっちでは誰も気にしていない。
スマホどころか、カメラという存在自体ないのかも知れないな。
10分ほど歩くと、市場のような場所に出た。
道の両サイドに屋台や露店が並んでいる。
呼び込みをしている人が多い。
買い物客はそれ以上だ。
けれども――
「……やばい。言葉がぜんぜんわからないぞ」
僕の知っている言語は、なに一つとして聞こえてこなかった。
ここが異世界なら、言葉が通じないのも当然。
でも僕は謎のアプリでここに来たのだ。
タイトルは日本語だったのに、一番肝心な部分である異世界のメイン言語が日本語対応していないとか、どんなバグだよ。
――救いはないのか?
ウッキウキでこちらの世界にやってきたものだから、反動で落胆してしまう。
いや、まだ諦めるのは早い。
僕はアプリの画面を食い入るように見つめ、言語の壁を越える『何か』を探した。
そして――
「ん、『翻訳』だって?」
アプリ画面の右上。
メニュー項目の一番下に『翻訳』と書かれている。
迷わずタップ。
すると、
『音声翻訳を開始しますか?』
と画面に表示された。
もちろんイエス。
次いで、
『端末を会話する相手に近づけてください』
との文字が。
「おおっ!」
――音声翻訳機能。
確かな希望がそこにはあった。
「問題は誰と会話するかだけれど……おっ」
目をつけたのは、呼び込んだ客に商品をすすめている露天商の青年。
謎の置物を片手に、客に早口で捲し立てていた。
僕はそんな青年にさりげなく近づき、スマホを向け、音声翻訳をスタート。
『とてもいいものです。これ以上はありません。お客さまに約束します。これは部屋に飾る。お客さまは極大の幸せになります。約束することを私は誓います』
スマホから翻訳された言葉が電子音声で流れてくる。
……。
ちっくしょう。翻訳機能めちっくしょう。
飜訳の精度が微妙だぞこれ。
最低限の意思疎通ができる、程度の性能というわけか。
とはいえ、まったく言葉が通じないよりは遙かにマシか。
青年の静止を振り切り、客はうんざりした顔で去っていく。
露天商の青年がため息をつき、振り返る。
僕と目が合う。
瞬間、青年は笑顔になると、
『幸運はお客さまです。神は祝福します。お客さまはこれを見てみましょう』
こんどは僕を相手に置物を猛プッシュ。
「いえ、僕は別に――」
『とてもいいものです。これ以上はありません。お客さまに約束します。これは部屋に飾る。お客さまは極大の幸せになります。約束することを私は誓います』
「……うへぇ」
◇◆◇◆◇
あの後、音声飜訳機能で『おカネがない』と伝えてみたところ、露天商の青年は舌打ちし、不機嫌な顔になると僕を追い払った。
犬猫を追い払うように、手でしっしと。
ここが市場である以上、無一文の僕に居場所はないのだ。
しかし、おカネ。おカネか~。
「言葉の壁があるから働いて稼ぐのは難しいよね。となると、僕の持っている物を売っておカネに換えるのが一番かな?」
まずは一度じーちゃんの家に戻り、こちらの世界でおカネに換えられそうなものを探してみようか?
そう思った矢先の出来事だった。
トントンと、肩を叩かれた。
振り返ると――
「〇◇▽〇♢」
頭頂部が眩しいおじさんが、真剣な眼差しを僕に向けていた。
おじさんの背後には、水晶球を置いた机がある。
日本でいうところの路上占い師っぽい雰囲気だ。
「〇◇▽〇♢!」
相変わらず言葉がわからない。
スマホを向け、音声翻訳をスタート。
『共通する言葉を知らないは助けが必要です。私は助けます』
「ど、どういうこと?」
翻訳機能がアレすぎて、いまち意味がわからない。
おじさんは続ける。
『先程の光景を見ています。私に任せましょう。あなたは共通する言葉を知ることができます。対価は銀貨が1枚が望ましいでしょう』
「僕が追い払われるとこを見られていたのか……って、ちょっと待って。言葉を知ることができる?」
僕の言葉を翻訳したスマホから謎言語が流れる。
それを聞いたおじさんが、スマホに驚きつつも頷く。
『魔法の私は一流です。魔法であなたは共通する言葉を知ることができます』
――魔法!
この世界には魔法があるのかっ?
それもおじさんの言葉(翻訳機能越し)を信じるならば、魔法を使えばこちらの言語を知ることができるという。
『共通する言葉を使えないは不便です。私の魔法は助けます』
「……」
おじさんの言葉に乗ってみたい。
けれども僕は無一文。
そのことを伝えると、
『……金銭がないのは不憫です。そこで私は考えます。あなたの腕輪と交換すると提案します』
おじさんが僕の腕時計を指さした。
「おカネの代わりにこの腕時計を?」
おじさんが頷く。
僕が左腕につけている腕時計は、ベルト部分が金属製だから腕輪に見えないこともない。
就職が決まったときに買ったもので、値段は4万円ぐらい。
「わかったよ。お代は
無職の身に4万円は大金だ。
けれどもこちらの世界の言語を知ることができるのなら、安い対価といえるだろう。
『あなたはしました。正しい決断を』
おじさんはそう言うと、水晶球に手をかざし、ブツブツと呪文らしきものを唱える。
水晶級の中心が光を発しはじめたかと思えば、おじさんがその手を僕の頭に置いた。
「え!? なに? なに?」
次の瞬間だった。
――バチバチバチッ!!
「うわあっ!?」
頭に――というか脳に直接電流が走ったみたいにビリビリッとした。
まずは驚きが。
少し遅れて怒りが沸々と。
「ちょっと、いきなりなにするんだよ!」
そう抗議すると、おじさんは肩をすくめて、
「もう終わっちまったよ。さあ、お代に坊主の腕輪をもらおうか?」
「腕輪? 人の頭をビリビリしただけで腕時計をよこせだって?」
「なんだ坊主、渡す気もないのにワシに頼んだのか?」
「いやいや、僕はいきなり頭をビリビリさせられて――――ッ!?」
そこでふと気づく。
おじさんの言葉が理解できていることにまず驚き、
「……え? 僕の言葉が通じてる?」
自分の言葉がおじさんに通じていることに、さらに驚くのだった。
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