第25話 あまくに みか

「こんなところでサボっていたのか、クレタ」


 頭上から声がして、オレは片目を開ける。


「サボってないさ」

「いーや、サボりだ。寝てただろう」


 隣に腰を下ろした気配を感じて、オレは頬をゆるめる。


「出来のいい宰相サマがいるから、いいんだよ」

「まったく、これだから兄は苦労するよ」


 言葉の意味とは裏腹にカルロ兄さんは、軽やかな口調で告げるとその場に寝転んだ。



「最近、リリィがかわいすぎて仕方がない」

「また親バカの話し?」

「まだ三歳だぞ。三歳なのにたくさん言葉を話すんだ。あの娘は天才だ」

「はいはい」

「だがな、リリィは最近、おおきくなったらアズールと結婚すると言うんだ。クレタ、どう思う?」

「え、どうって言われても……」

「やはり、狙撃するしかないだろうか。いや、それでは外交問題になってしまう。ここは娘はやれんと手紙を叩きつけてやるべきだろうか」

「いや、想像力がふくらみすぎてない?」


 呆れながらもオレは空を仰ぎ見た。オレが黙ったままなので、カルロ兄さんも軽口をやめて、一緒に空を眺める。


 突き抜けるような青。やわらかに吹く風は、湿った土のいい匂いが混ざっている。耳元で蜂の低い羽音が聴こえる。


「平和だな」


 大きく息を吸い込んで、オレはつぶやいた。

 あの日から、三年が経った。三年というのは、国の歴史において、何かが変わったようで、何も変わっていないような時間なのかもしれない。


 けれど、オレとカルロ兄さんにとっては必死に駆け抜けた時間であり、大切な三年間であったことは間違いなかった。



「春がくるな」


 カルロ兄さんが空を見つめたまま言った。


「ああ」


 芽吹きの春がやってくる。眠っていた大地が目を覚ます時。


月光げっこう祭、もうすぐだな」

「正しくは、第三回月の光を浴びてわいわいお祭り騒ぎしよう祭だけどね」

「長すぎんだよ、ばか」


 横から拳が飛んできて、コツンとやさしくオレの頭を叩いた。オレはそれが嬉しくって、にやけてしまう。


「去年は青の国が一発芸やったから、今年は黄の国かな」

「あの人が一発芸やると思うか?」


 カルロ兄さんは眉間に皺を寄せながら、渋い表情をしている。


「まあ、芸術的になるだろうさ。今年は」


 オレは答えて、もう一度目を瞑る。

 大地がざわざわと動き始めている気配がする。いのちの再生と循環。草や花、動物たち。そして、ムーンフォレストが冬の間ためていた力を解き放つ、うつくしい季節。


 月光祭は、国も身分も、人も動物も、混沌も関係なく、この地に住まう全てのものたちがムーンフォレストに集い、春を祝う祭だ。


 三年前のあのはじまりの日、初めてオレが国王として、ムーンフォレストの主として決めたことだった。


「双子は、いちご水を屋台で売るんだって大はりきりだ」


 ああ、とオレはここ最近エレナとセレナが二人でこそこそと城の外に出かけている様子を思い出す。


「母上を、今年も誘うんだろ?」


 カルロ兄さんに言われて、少しだけ胸がちくっとした。三年前、オレが赤の王になってから、フィオレは別邸に移った。長年の重しをやっと下ろせて、ひとまわり小さくなったように見えた。


「来てくれるだろうか?」


 フィオレは頑なに外に出ようとしない。以前のように、オレのことを目の敵にするようなことはなくなった。だが、どこか抜け殻のように、ぼうっとするようになってしまった。


「来てくれるさ」


 カルロ兄さんは勢いをつけて立ち上がる。


「さて、俺は先に戻ってるぞ」


 右手をあげて「わかった」とオレは合図する。蹄の心地の良い音が遠ざかっていくのを聴いてから、オレはゆっくりと上半身を起こす。


 視界に、一面の緑が開けた。

 風が吹きぬける。


 真横にある丸くて白い墓石に、オレは手を添えた。


「また来ます。母上、アルテミス」


 赤の国とムーンフォレストの境。母とアルテミスなら、ここにいたいのではないかと思った。赤の国とムーンフォレストの両方が見える、この場所に。


 立ち上がると、黄色いものが頬をかすめる。

 顔を横に動かすと、それは黄色ではなくて春の光をぎゅっと集めたような色をした、二頭の蝶だった。

 蝶はお互いに交差しあいながら、驚いて立ったままのオレの頭をなでるように飛行すると、空へと消えていった。


 目を閉じて、うん、とうなずく。

 視線をムーンフォレストに向けた。

 


 ——祝祭がはじまる。





書き手:あまくにみか https://kakuyomu.jp/users/amamika

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