第24話 十六夜 水明
クレタとカルロ、2人の名を呼んだダーリオの一声により、その場にいた一同が黙り込んだ。
ダーリオの口から発せられたのは、8年前のあの瘴気を纏った声ではなく、真っ直ぐと全てを見通した澄んだ声だった。
「
彼の瞳は、自身の息子達の姿を一点の曇り無く映し出している。
────ッゴク。
どこからか、そんな音が聴こえた。
誰もがその瞬間に息を飲んだ。
「第2王子、クレタ・オルランド。
そこまで口にすると、ダーリオは一息付き、再び口を開いた。
「そして第1王子、カルロ・オルランド。其方には、これまでの経験を元に宰相として国王の補佐に当たってもらいたい」
ダーリオの命令は、これまでにはない異例なことだった。
通常、赤の国では宰相という立場を設けていない。何百年も前に一時期、立てられていた事もあったが、それは国王と同等の権力を握っていた。
その事を十分に理解しているクレタとカルロは、言葉を失っている。
「2人とも、本当にすまなかった」
「「?!」」
それもつかの間、ダーリオの謝罪により2人は目を見開いた。
「クレタ、お前には辛い子供時代を過ごさせてしまったことを、申し訳なく思っている。そしてカルロよ、お前には無理を強いるような生活を送らせてしまった。本当にすまない」
何を言われてもやられても文句はない、と言わんばかりにダーリオはうつむき拳を握った。
「そうですか……」
そう呟き、クレタは車椅子に乗っているダーリオの目の前へと歩みを進める。
そして……、
────ビュンッ。
クレタは、ダーリオの顔面に向かって拳を付き出した。
誰もが“殴られる”と思った。
ダーリオとて殴られると思い目蓋を強く閉めた。
しかし……、
いくら待っても、顔面に痛みの衝撃がこない。
代わりに、
────コツン。
と、額に何かが当たった感覚を覚えた。
恐る恐るダーリオが目蓋を開くと、クレタが諦めた表情で腕を下ろしているところだった。
どうやら、クレタは殴らずに拳をダーリオの額に当てただけだったらしい。
「ッ、なぜ殴らない! 憎いはずだろう!」
ダーリオは車椅子から身を乗りだし、殴れ! と叫んだ。
その問いかけに、クレタは先程殴ろうとした右の拳に再び力を込めた。
「オレは、殴らない」
「なぜだ!」
「確かに昔のオレは、父上もカルロ兄さんも凄く恨んでた。でも今は違う、父上も兄さんも国のことを考えていたんだ。今も、昔も。それに比べてオレは、何からも逃げていた。父上からも兄さんからも。そしてムーンフォレストの主という責任からも。そんな自分が何よりも憎いんだ」
だからオレは殴らない、クレタはそう宣言しダーリオの目の前に
「父上、我、第2王子、クレタ・オルランド。快くその
「ッ、父上! 我、第1王子、カルロ・オルランドも、その命、生涯にわたってお受けします」
カルロも、クレタに遅れをとるまいと、その場に同じように跪いた。
その場は戴冠式を思わせ、どこか厳かな雰囲気を醸し出していたしていた。
『ねぇ、リライ。もう、いいんじゃない?』
そんな中、ルナイは横に立って同じく様子を見守っているリライに微笑み、問いかけた。
『あぁ、そうだな。クレタなら正しくこの力を使ってくれるはずだ』
リライは、クレタから弧を描いた目を話さずに頷いる。
『『クレタ』』
その2人の声には、暖かさ、そしてこれまでにない重みがあった。
「なに?」
クレタが立ち上がり、振り返る。
『クレタ、君なら俺の力を正しく使えるはずだ』
「? 力って………?」
『おっと、この姿じゃ力が使えねぇや。ルナイ』
『うん、リライ。いつも、リライが僕にやってくれているようにやればいいんでしょ』
『あぁ』
クレタの問いかけに、終れば分かる、と言わんばかりにルナイとリライは互いに向き合い指を絡めた。
そして、
『『◑◎▶▷▼◁◀◉◐』』
瞳を閉じ互いの額を近づけ、呪文を呟く。
───ビュンッビュンッ。
すると暖かな光の風が舞い起こり、ルナイとリライ、2人を中心に辺りに広がっていく。
「え、リライ……?!」
クレタは、自分の目を疑った。
風の中心にいるリライの姿がみるみるうちに変わっていくのだ。
今まで混沌の闇だった髪は、朝日を反射した雲のような
どちらも、ルナイのそれとは対になるような色に変化していった。
身に纏っている服も、瘴気が晴れたような真紅の布で仕立てられた物に変化していた。
「リライ、その姿は……」
『あぁ、そっか。この姿を知っているのは今じゃあ、ルナイだけか』
クレタを含め、リライの姿が大きく変わったことに驚きを隠せないその場にいる一同の様子を面白そうに見ながら、リライは口を開いた。
『これが、俺の本来の姿だよ。ムーンフォレストの太陽である俺のね』
ほら、ルナイと似てるでしょ、とリライは自慢げに言ってくる。
「で、力って?」
さっきから何も教えてくれないじゃないか、とクレタは話を戻そうとした。
『あ、そうだよリライ』
『ごめんごめん。力っていうのは太陽の加護の事だよ』
「……?」
「太陽の加護……? だと?!」
なんの事だかさっぱり分かっていないクレタを余所に、今までことの成り行きを見守っていたスファレが驚きの声をあげた。
「知っているの?」
「あぁ、だが、その記憶が残っているのは今から何百年も前だぞ。しかも、未来を見る先見の力と時代を進める原動力を兼ね備えた加護だ」
「えぇ?!」
クレタがスファレの言葉に目の色を変えた。
『そりゃそうだよね。リライは長い間、行方不明だったし』
『ルナイと違って何人にも加護を与えてないしな』
当たり前だよ、と2人が笑っていると、クレタは、ねぇ、と気になっている事を口にした。
『ルナイも加護を与えられるの?』
『あぁ、そっかちゃんと話したことなかったね。僕が与えられるのは、月の加護って言って守護の力なんだよ。ダイアナやクレタ、他の国の正当な王に生まれたときから与えているんだよ』
スファレやミカエル、ルーナジェーナやアズール達にね、とルナイは説明していると、でもな、と食いぎみにリライが遮ってきた。
『俺の太陽の加護は、大体100年に1人くらいにしか与えていないんだ』
『リライが気に入った人にしか与えないからね』
『まぁね。それにクレタは元々、赤の国の王。月の加護より太陽の加護の方が相性が良いんだよね』
「そんなに貴重なの?!」
そう軽口を叩きあっていると、リライは、
『じゃあ、クレタこのだだっ広い部屋の大体真ん中に立って』
「あ、うん」
そう言ってクレタが、謁見の広間の中心に立つと、リライがクレタの正面に立ち、ルナイが船の上でバリアを展開させたときのように目を閉じて両腕を広げた。
『我、ムーンフォレストの太陽、リライ・ロメル。この時を持って、赤の国の王、クレタ・オルランドに太陽の加護を与える』
その瞬間、クレタの回りを光の粒が覆った。
光の粒は、先程水ゼリーの雫から形成された金色の樹の欠片のようだった。
▽▼▽▼
────あれ、あれは昔のオレ?
目の前には、生まれてから今までの出来事が断片的な映像となって、流れていく。
母上に、アルテミス、父上にカルロ兄さん。
アズールにハレー、旅一座のみんな。アズールなんて、なにカッコつけてんだ。ハレーは、ダークエルに求婚してるし。
セレナにエレナ、義母上様。
ルナイにリライ、エクリプス。
他の国の王達に国の人々……。
今まで沢山の人と出会った。
それは、とても大きな宝物なんだ。
今までも、そして、これからも。
映像は切り替わり、カルロ兄さんとリアーナさん、そしてその回りにセレナやエレナがいる。
そして……、オレも居た。
笑ってる。みんな幸せそうだ。
「あ、………」
リアーナさんのお腹が大きく膨らみを帯びている。そして、柔らかな光を纏っていた。
──はじまる……
新しい
新しい
新しい
“五色が混ざれば、何色になる?”
「……母上」
見つけましたよ、母上。
全てが
五色が混ざれば、何色にでもなれるんだ。
五色が混ざれば、“新たなはじまりの色”になる。
書き手:十六夜 水明 https://kakuyomu.jp/users/chinoki
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